○07表_悪役令嬢はすれ違った!
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学園に入って2回目のイベントは深夜。
この時点でラブ値が高い相手とのスチル付デートが楽しめます。
今回はラティとアリスですね。二人と遊びに行きましょう!
まだルート確定に至ってませんが、順調にラティの攻略は進んでいるようです。
ここまでくれば、聖女への覚醒ももう少し!
しかも、錬金術師の脅威も「とりあえず」除去したので、イザラ様も狙え――
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「っ!?」
「イザラ、どうかしたのか?」
週末の朝。
地方の流行り病への慰問へ行く途中。
クラウスと共に馬車に揺られていたイザラは、突然ひびいた声に額を抑えた。
このところよく聞こえてくる、「未来からの声」である。
「いえ、何でもありません。
昨日、薬の研究者と話をしていて、夜遅くなったものですから」
「これから慰問だというのに、それでは困るな。少し休むか?」
「ありがとうございます。でも、それには及びません。
クラウス様と話をしていたら、ずいぶん楽になりましたわ」
クラウスとの会話をこなしながら、イザラは声の意味を考える。
すちるにらぶち、るーと――は、もうどうでもいいわ。
錬金術師の脅威を除去したってどういうことかしら?
聖女への覚醒が近いのはまだいいとして、私を狙うっていうのは……?
「そういえば、イザラ、キミはアーティアとはその後、仲良くできているかな?」
「ええ、そのつもりですが。彼女が、どうかしたのですか?」
「ああ、この間、図書室で上級貴族に絡まれていたから、少し気になったんだ」
が、考えている途中で、アーティアの話をクラウスが振ってきた。
我ながら、よく動揺せずに反応できたものである。
上級貴族として相手に弱みを見せぬ鉄面皮が身についてしまったせいだろう。
身についた悲しい習性に身を任せながら、イザラは平然と答える。
「それなら大丈夫です。
ラティとも、最近はうまくいっているようです」
未来からの声は難解ではあるが、少なくとも、幼馴染のアリスと一緒に遊ぶくらいには、ラティとアーティアは仲良くなっているようだ。
どこか違和感を覚えないでもないが、ともかくも自分の派閥の筆頭であるラティが、将来の聖女と衝突するのを抑えられたのは大きな一歩。
そう思わなければやってられない。錬金術師だの、狙われているだの、そんな恐ろしい内容ばかりでは、いくら何でも希望がなさすぎる。
「そうか。イザラ自身はどうかな?
アーティアと話しているかい?」
「そうですね……そういえば、あまり話す機会はなかったかもしれません」
「それは良くないな。一度、よく話したら、もっと仲良くなれるんじゃないか?」
言われてみれば、面と向かって話す機会はなかった気がする。
ブルネットの調査や謎の声で近況は聞いているが、今のアーティアはただの下級貴族。イザラが普通に学校生活を送っている分には、まず関わることがない。「前回」のように聖女にならなければ、あるいは、婚約者であるクラウスが意識しなければ、初めから接点などない相手なのだ。
それだけに、疑問が浮かぶ。
(クラウス様は、どうしてこんなにアーティアを意識しているのでしょう……?)
自分の知る「未来」では、クラウスとアーティアは入学式で出会ったのをきっかけに互いに意識するようになり、イザラが流行り病の関係で公爵領での義務を果たしている隙に急接近、恋人同士となっていた。「今回」は未来の知識のおかげでその隙を潰したつもりだったが、これでもまだ遅かったのだろうか?
不安になったイザラ、クラウスに問いかける。
「クラウス様は、よくアーティアと会われるのですか?」
「うん? いや、そういえば、私も会っていないな。
この間、図書室ですれ違ったのが最後だ」
しかし、あっけなく否定された。
いや、油断は禁物。
クラウスもこの慰問の準備で忙しく、ただアーティアと会う機会がないだけで、実際は初めて会ったときに一目ぼれ、何とか会う機会を探しているなんてこともあるかもしれない。
ラバンがいれば「大丈夫。それだけは絶対にないから安心したまえ」という答えが返ってくるところだが、残念ながらそこまでクラウスを理解している者はこの場にいない。
イザラは何とかクラウスの意図を見抜こうと話を続けた。
「まあ、それでしたら、一度、二人で会いに行ってみますか?」
「うん? いや、それは、なかなか良い考えだが、私がいては都合が悪いだろう」
しかしクラウス、冗談と捉えたかのように笑って流す。
ブルネットがいれば「クラウス様はアーティア様にご自身を重ねているのですよ。だから応援してるのです、危険なので抹殺しますね」と、止める間もなく殺戮が始まったところだが、幸いなことにそんな危険人物はこの場にいない。
イザラは引き続き気にしていない様子を装いながら、探りを入れる。
「貴族の上級、下級の違いもなく接するといいながら、なかなか会えない、というのも妙な話ですね? 寮も別ですし、このあたりから変えた方がいいかもしれません」
「うん、それは良い考えだな。
身分の違いでいつまでも差別していては、国力が落ちてしまう。
隣国のように、能力のあるものは活躍できるようにしなければ」
返ってきたのは王族としてまっとうな意見。
イザラ、ようやく微妙にかみ合わない会話に気づく。
(そういえば、クラウス様とは貴族同士が社交場でするような、「よそ向き」の会話ばかりしている気がします。この間も、「きちんと話をしてみよう」と思ったばかりですし……婚約者として、これはよくないのでは?)
「未来」で自分が見限られた原因を、なんとなく察したイザラ。
何とかして会話に食らいつく。
「クラウス様は、アーティアには活躍できるような能力があるように思いますか?」
「そうだな……図書室で見たが、あの身体能力は素晴らしいだろう。それに、容姿も優れている。勉強は苦手としているようだが、そのくらいの欠点があったほうがいいくらいだ」
褒め過ぎではないだろうか。
流石にちょっとダメージを受けるイザラ。
アーティアがいれば「お姉さまというものがありながら浮気するなんてサイテー!」と叫びながら殴り飛ばしていたところだが、幸いなことにそんな奇行種はこの場にいない。
イザラはめげずに会話を続ける。
「そ、そうですか。今度、護衛をお願いしてみようかしら?」
「そうだな……だが、護衛の名目で一緒に過ごす方が、アーティアは喜ぶだろう。
ついでに勉強を見てやるといい。そのまま夜になって街に出て……」
アリスがいれば「喜ぶけどやめて! 暴走するから!」と悲鳴を上げていたところだが、そのような不幸な少女はこの場にいない。なぜかデートコースまで考え始めるクラウスを遮るように、イザラはやや強引に話を引き戻した。
「ええっと、クラウス様は随分アーティアを気にかけておられるようですが、ご自身はお会いしないのですか?」
「む? 私か? 私自身は気にかけているというより――あ、いや、確かに婚約者の前でこういう話はよくなかったな。
だが、私はアーティアとそういう関係は望んでいない。そこは安心してくれ」
イザラの言いたいことに気づいたのか、淑女向けの笑みで答えるクラウス。
もう少し自然に微笑んでくれれば安心できるのだが。
今の関係ではこのあたりが限界なのだろう。
学園長あたりがいれば、「ここで諦めるたら、こっち側に来ることになるわよ?」と、実に楽し気な忠告が飛んできたところだが、不幸なことに頼れる大人はこの場にいない。
イザラはわずかな落胆を貴族らしい笑みで隠して答える。
「それはよかったですわ。このところ、薬の勉強ばかりで、クラウス様とあまりお会いできていなかったものですから」
「ああ、今回の流行り病の薬は、公爵家の功績だったな。
ラバンも驚いていたよ。こんなに早く完成するとは、と」
「そういえば、ラバン様は薬学や化学に興味をお持ちでしたね。
今度、お会いした時、論文でもお持ちしようかしら?」
「う、む。確かに、ラバンも研究論文は気にしていたな。
ずいぶん君のことを褒めていたぞ?
このような調合方法を思いつくのは、素晴らしい発想の持ち主だとな」
どこか探るように聞いてくるクラウス。
わずかに違和感を抱いたイザラだったが、特におかしいところは思い至らない。
貴族同士、相手の婚約者を褒めるのは、ごくありふれた会話だ。
「まあそんな。今回は偶然が重なっただけですわ。
それに、ラバン様なら、私のように偶然の思い付きでなく、もっと確実に実験を積み重ねて調合を完成させていたと思います」
事実、研究室に引きこもって文献の調査や再現を「勉強」しているイザラと違い、ラバンは入手困難な薬草や薬の材料を取りに出かけ、それを使って何かできないかと実験を繰り返す「研究」を続けている。研究者としてどちらが優れているかなど言うまでもないだろう。そもそも、イザラが偶然を装って見つけた薬の調合方法も、未来の知識という反則に過ぎない。
「いや、ラバンは、『イザラ嬢は偶然というだろうが、偶然の功績も、それの基となる経験があってこそだよ』と言っていた。
また今度、話を聞きに行きたいとも――ラバンとは、よく会うのか?」
「そうですね、分野は少し違いますが、同じ薬学を志すものとして、よく勉強を教えてもらっています」
「そうか、勉強か……そのまま夜になって街に出たりするのか?」
「え? ええ、議論が白熱すると、遅くなることはありますね」
いやに食いつくクラウス。
さっきのアーティアより熱心な気がする。
イザラ、再び違和感を覚えたが、やはりおかしいところは思い至らない。
幼い頃からラバンとは何度も会ってきたし、それはクラウスも知っているはずだ。
イザラ、笑って流すように答える。
「でも、流石に、街へ行ったりはしませんよ? 寮の門限もありますし」
「そ、そうか。それはそうだな」
「ええ、寮まで送ってもらう程度です」
「!?」
驚愕を浮かべるクラウス。
あからさまな表情の変化に、違和感どころではなくなったイザラ。
無礼を承知で直接問いかける。
「あの、ラバン様が、何か?」
「い、いや。私もラバンとは長い付き合いになるが、あまり寮まで一緒に帰ったことがなかったと思ってな」
「え、ええ。確かに、クラウス様とラバン様は専攻も寮も違いますから、なかなか一緒になることは少ないでしょうね」
第一王子であるクラウスは、普通の上級貴族とはまた違う寮で暮らしている。
専攻も、ラバンが最も嫌う政治・経済。
派閥も組んでない以上、学校で会う機会は少ないだろう。
なぜこんな当たり前のことを、と思いながらも、答えるイザラ。
しかしクラウスの方からの問いかけは続く。
「む、むう。薬学は用兵学と重複するから取っていないな。
イザラは、ラバンとは普段どういう話を?」
「そうですね。やはり、医薬品の話でしょうか。
この間は、上薬草から抽出した化合物から――」
イザラとしては、簡単な部類に入る知識を話す。クラウスは難しい顔をして聞いていたが、やがて、とてつもなく残念そうな顔を浮かべる。
「やはり私には薬学は難しいようだ。
ラバンとは疎遠になるばかりだな」
ここでイザラ、ようやく悟る。
ああ、クラウス様は疎遠になりつつある昔の友人との間を何とかしようとお考えなのですね。他の貴族と一線を引いた立場で接しなければならず、派閥もないのなら、ラバン様との子どもの頃からの関係を続けたいと思うのも、当然かもしれません。
アーティアとブルネットがいれば「それは、うん、まあ、そういうことにしときましょう」という、なんとも微妙な反応が返ってきただろう。
だが、ようやくクラウスの心の一端に触れた(と思った)イザラは、ごく善意でクラウスに話を続ける。
「それでは、今回の薬を使った治療に参加してみますか? ラバン様なら、実際に薬を使うときの反応をお伝えすれば、お喜びいただけると思います」
「なるほど、その手があったか!」
ラバンがいれば、「おい、まて、やめろ。クラウスにそんな繊細な作業は無理だ」と止めるところだろう。
が、無情にも馬車は止まり、御者から声がかかる。
「クラウス様、イザラ様、到着いたしました」
流行り病の領主に挨拶と共に物資を渡し、
「それで、私達も治療に参加したいのだが」
「おお、王子自ら参加されるとは、領民も喜びます!」
内心では「ええ大丈夫かよ? 症状が軽いとはいえ、感染症だぞ? でも嫌とは言えないしなぁ。まあ、イザラ様の方は薬学に造詣が深いと聞くし、いやしかし王子が感染したら面倒だし、でも断るのはもっと面倒だし……」などと激しく葛藤してそうな領主に案内されながら、領民の治療に回り、二人は治療を続け――
「いけませんよ、クラウス様。感染対策にきちんとマスクと手袋を――」
治療を続け――
「あ、いけません、クラウス様。他の方の治療に移る前に消毒を――」
続け――
「今日は、ありがとうございました。
私にとっても、有意義な時間でしたわ」
「ああ、私もラバンにいい土産話ができた」
何とか治療を終え、寮へと戻ったイザラは、
「イザラお嬢様。クラウス王子が流行り病で倒れたとのことです。
それと、聖女にしか使えない聖剣を引き抜いた生徒が出たとか――」
ブルネットからそんな報告を受けた。
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