●06裏-3_三人娘は深夜の散歩へ繰り出した!
「すっかり遅くなっちゃったわ」
放課後。アリスは日が暮れた学校を背にそうつぶやいた。
下級貴族とはいえ、一応は貴族の令息令嬢が通う学園の生徒。
暗くなってから校門をくぐることはまずない。
「まったく、とんだ目にあいましたわ!」
「そうかなぁ? 私は楽しかったよ? くしゃみするラティ可愛かったし」
「なぁんですって!」
遅くなったのは、主に目の前で騒ぐアーティアとラティのせいである。
掃除という庶民の義務など知らぬラティと、そのラティを持ち前の天然で煽るアーティアの二人に挟まれ、結果として、こんな時間になってしまった。
おかしい。
なぜ自分だけ、二人の間に挟まれるという罰を追加で受けているのだろう?
今日はさっさと帰って寝よう。
若干のいらだちとともに速め始めた足は、
「ねぇねぇ、せっかくだし、どっか寄り道していかない?」
アーティアの声で遮られた。
振り返ると、呆れた声を出すラティ。
「せっかくだしって、もう結構な時間ですわよ?」
「結構な時間だからじゃない。
ほら、どうせ帰っても何もしないし、気分転換になるよ?」
「まあ、門限は過ぎてもいいよう寮には先生から連絡が入っているはずですけど……って、引っ張らないでくださいまし!」
「いいから、いいから! ほら、アリスも!」
止める間もない。
文句を言う前に手を引かれたアリスは、夜の街へと歩き始めた。
# # # #
「で、街の真ん中に来たのはいいけど、どこか行きたい場所とか、あるの?」
「ないよ? アリスは、普段どこか遊んでる場所とか、ない?」
町の広場。
未だ人が行き交うそこで、アリスは返ってきた疑問にがっくりと肩を落とした。
「ないわよそんなの。普段は図書委員だし、終わったら疲れてさっさと帰ってるわ。
っていうか、アンタはいつも一緒に寮まで帰ってるからわかるでしょう?」
「そだっけ? ラティは? どっか普段行くところとかある?」
「あるわけないでしょう。
だいたい、庶民の町なんて、ワタクシのような上級貴族が来るところではありませんわ。せいぜい、授業の参考書を買いに本屋さんへ寄るくらいですわね」
「よし、じゃあ、本屋さんいこう! そうしよう!」
「あ、ちょっと?」
またも歩き出すアーティア。
アリスはラティと一緒に慌てて追いかける。
放っておいたら、一人で迷子になりそうだ。
「あの子、なんであんなに元気が有り余ってるんですの?」
「知らないわよそんなの。アンタとデートできるのが楽しいんじゃない?」
「ちょっと止めてくださらない!?」
ラティと話しているうちに、本屋に巡りつく。
ちょうど、アーティアが店の扉を開いたところだった。
「あら? あなたたち、どうしたの?」
出迎えたのは、なんと図書室司書の先生。
マズい、と思う間もなく、アーティアが正直に答え始めた。
「ええっと、錬金術の授業でちょっと失敗しちゃいまして。居残りで掃除を――」
「そう! 掃除をしていまして!
ただ! 掃除だけでは勉強にならないと思いまして!
参考書を見に来ましたの!」
そんなアーティアを抑えつけ、前に出るラティ。
寮の門限は過ぎてもいい、というのは、決して遅くまで遊んでいていい、という意味ではない。
アリスも便乗して会話に加わり、話題を変える。
「先生こそ、どうしてここに?」
「あら? 私の本職は呪術史の研究よ?
古い本や論文の資料を集めないといけないから、いろんな本屋さんに回ってるの。
ここには、この前、注文した論文を取りに来たのよ」
なるほど、手には分厚い資料を抱えている。
それを鞄にしまいながら、しっかりと注意は続く。
「勉強熱心なのもいいけど、あんまり遅くならないようにね?
……あ、そうだわ。少し待ってて」
が、手を止め、代わりに鞄の中から小さな包みを取り出した。
「ほら、預かり物よ? 錬金術のノグラ先生から、三人にって」
そういえば、埋め合わせにお礼を用意した、図書室司書の先生から受け取ってくれ、って言われてたっけ?
終わらない掃除のせいですっかり忘れていたが、あのノグラ先生も多少は罪悪感を感じていたらしい。
「えっと……開けますわよ?」
代表して受け取ったラティが、包みを開いていく。
出てきたのは、白い箱。
大きさからして、お菓子か何かだろうか?
が、開けてみると、封筒がポツンと一つ。
まさか現金か、と思いきや、中から普通に便箋が出てきた。
ラティが広げる。
「ええっと、読みますわよ?
『反省文
この度は、私の指導する錬金術の授業で、ぬいぐるみが爆発するという事態が起こった事について、深くお詫び申し上げます。
教師の監督責任を問われかねない言語道断の事態であり、誠に遺憾であります。
しかし、このような事態に陥った原因ですが、やはり学生特有の知的好奇心ではないかと考えます。
もともと、爆発したぬいぐるみは、この学園に赴任する前から私が個人的に保管していたものです。が、ミートソースをこぼしたり、間違って掃除機に吸い込んだりしたため、いつの間にかボロボロになり、そのあまりのボロさにまさか盗み出すものがいるとは考えておりませんでした。そのため、研究用の禁薬の保管場所として金庫代わりに使用していましたが、それが通常の教材で使うぬいぐるみと混ざってしまったようです。そんな中、知的好奇心を持て余した生徒が、このような素晴らしい授業で使われる教材は何だろう、ぜひとも調べてみたい、と行動に移しても、仕方がないことと思われます。
つまりは不可抗力ということで、今回は面倒を避けるためにも、穏便に済ます方向でご検討いただければと思います』
なんですのこれ!?」
微塵も罪悪感のない文章に、叫ぶラティ。
「なんでぬいぐるみが爆発したんですの!
なんで盗まれて平気なんですの!
ソースこぼしたようなものを授業で使うんじゃありませんわ!
自分で自分の字授業を素晴らしいとかいうんじゃありませんわ!
それから――」
「ま、まあまあ。ほら、まだ底にもう一枚引っ付いてるよ? えっと……
『この反省文は読み終わったら爆発します』……?」
閃 光 !
爆 発 !
アリスの目は死んだ!
# # # #
「ひどい目にあいましたわ」
「こんどあったらせんせいにせつめいしてもらおううんそうしようついでにばくはつおちさんかいとかせつめいしてもらおう」
本屋を出て、再び夜の街。
突っ込む気力もないのか、げんなりしたラティに負のオーラを纏うアーティア。
アリスはため息をついて二人に向き直った。
「はあ、もう、しょうがないわね。
夜のお散歩、もう終わりにする?」
「いや! ダメ!
なんか知らないけど、ここで帰ったらなんか負けた気がする!」
「珍しく意見が合いましたわね?
で、どこか行く当てはありますの?
今なら、ワタクシをエスコートしてもいい権利を差し上げてもよろしくてよ?」
おい、そんな絶対失敗するギャンブラーみたいな思考は止めろ。
どうやって止めさせようかと思ったが、その前にアーティアが目を輝かせ始めた。
「エスコート! お嬢様をエスコート! ついにこの日がキター!」
そして、ラティの手を取って顔を近づける。
「お嬢様! どこかご希望はございますか!?」
「え? ええっと、では、疲れたのでどこか休めるところへ……」
「お任せください!」
先ほどの負のオーラはどこへやら。
嬉々としてラティの手を引く歩き始めるアーティア。
アリスはアーティアとは反対の手を取って、一言。
「よかったわね、デートできて」
「止めてくださらない!? 二回目ですわよ!?」
そんな会話を交わしているうちに、アーティアが立ち止まった。
小さなレストランだ。
「お嬢様! ここで休憩しましょう!」
「え? ええ、まあ、入ってあげてもよくってよ?」
何か愉快な会話をしながら入っていく二人。
アリスも仕方なく後に続く。
「いらっしゃいませ」
出迎えたのは、大柄な店員。
時間にしては、結構な人であふれている。
どの客もテーブルに大量の料理を並べており、案内された座席のメニューにも、ボリュームのある料理が並んでいる。
小洒落たレストランというより、定食屋に近いようだ。
どう考えてもお嬢様をエスコートしてくる店ではない。
そっとアーティアに問いかけるアリス。
「なんでこの店選んだの?」
「えっと、一人のときはここでごはん食べるんだけど、他に思いつかなくて……」
返ってきたのは、実に歯切れの悪い返事。
どうやら、お嬢様をエスコートするシチュエーションにはあこがれていたが、現実に案内するシミュレートはできていなかったらしい。
「ま、まあ? ちょっとワタクシが入るにはグレードが低いようですが?
庶民の生活を知るのも勉強ですし?
許してあげてもよくってよ?」
「まあ、お嬢様はお嬢様でもラティは偽物っぽいしね」
「何かおっしゃいまして?」
「別に? それより注文しましょ?」
これでも必死にフォローしているであろうラティを横に、店員を呼ぶ。
アーティアは慣れた様子でよく分からない定食セットを注文し、ラティは紅茶を、アリスはコーヒーを頼んだ。
「というか、よく分からない定食セットって何ですの?」
「え?
店長のお勧めで、正式名称ミートソーススパゲッティハンバーグ定食だけど?」
「……そ、そうですの。しょ、庶民の間ではそんなものが食べられているのですね。知りませんでしたわ」
いや、食べられてないよ?
アリスが突っ込む前に、オーダーが届いた。
五キロはありそうなプレートを嬉々として受け取るアリス。
ビールジョッキになみなみとつがれた紅茶とコーヒーに絶句するラティとアリス。
恐る恐る、声をかけた。
「これ、いつも食べてるの?」
「うん。ひとりの時は、いつもこれかな?」
「そ、そう。よく太らないわね」
「んー? このくらい大丈夫だよ? アリスとラティはいらないの? デザートにアイスとプリンもあるよ?」
不思議そうに聞いて来るアーティア。
アリスとラティの目は死んだ!
# # # #
わずか三十分でデザートまで平らげたアーティアと、たっぷり三十分使って何とか紅茶とコーヒーを飲み切ったラティとアリス。
三人は、初めの広場に戻ってきていた。
「ふう、楽しい時間はすぐ終わっちゃうね?」
「はあ、まあ、気分転換になったのは確かですわね」
引き気味なラティに首をかしげるアーティア。
そんな二人と一緒に、アリスは寮への帰路を歩き始める。
「じゃあじゃあ、また三人で遊ぼうね?」
「今度は食事に夢中になる前に、ちゃんとエスコートして欲しいものですが?」
「う。じゃ、じゃあ! お店探しとくよ!」
「いえ、それは結構!
今度はワタクシが貴族として行くべきお店にご案内させていただきます!」
「え? いいの!?」
「ええ! 貴女は! このワタクシが! 直々に! 貴族としてのマナーを! しっかりと! お教えして差し上げますわ!」
そんな会話を聞いているうちに、別れ道に。
左は上級貴族の、右は下級貴族の寮に続いている。
「では、また明日。ごきげんよう」
「うん、またねー!」
綺麗にカーテシーを決めて去っていくラティと、手を振って見送るアーティア。
そのまま、アーティアはアリスの手を取る。
「じゃ、帰ろ?」
「ん? そうね」
同じ寮に向かって歩き出す。
しかし、隣同士の部屋に入る直前、
「ねえ、アリス。機嫌、直った?」
声がかかった。
「え? ああ、そんなこと気にしてたの?」
「だって、掃除のときから、ちょっと怒ってたし。
私もラティも、アリスをお助けキャラみたいに頼りすぎかなって」
だからごめんね?
そう謝ってきたアーティアに、
「いいのよ、別に。
割と楽しかったし、世話を焼くのも好きでやってるんだし」
素直に応じた。
アーティアは安心したように頬をほころばせると、「おやすみなさい」と、自室の扉を開く。
アリスの目は、少しだけ生き返った。
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