●06裏-2_三人娘は錬金術師を捕まえた!


「――というわけデ、ぬいぐるみには昔から様々な効果が使われていましタ。特に貴族の間では特殊な使い方がされていたのですガ、ラティアナさん、分かりますカ?」

「はい、先生。

 隣国を中心に、錬金術を応用して、ぬいぐるみの中に保存空間を作り出し、中にプレゼントを入れて贈るのが習わしがありました。また、戦時中には、禁制の薬の受け渡しや毒を仕込んで送ることもあったとか」

「おウ! よく予習していますネ! 本日はそのぬいぐるみに関するお話をしまス」


 数日後。

 アリスは不安を抱えながら、錬金術の授業を受けていた。


 そういえば、錬金術の先生ってノグラ先生だったわね。

 アーティアは無事に先生に話したのかしら?

 ノグラ先生もちゃんと対処したでしょうね?


 授業の内容などまともに頭に入らない。

 まったく、隣でドヤ顔で知識をひけらかしているラティの図太さがうらやましい。

 あとでノート貸してもらおう。


 そんな風に授業を上の空で流していたアリスは、


「――それでハ、本日の授業はこれまでとしまス。

 ア、それト、来週はぬいぐるみに関する実習をしますのデ、普段の教科書とは違う本の内容となりまス。購入の必要はありませんガ、司書の先生にもお願いして、図書室にも入れてもらっていますので、興味のある方はご覧くださイ」


 ああ、そういえば今日も図書委員で図書室に行かないといけないんだっけ?


 放課後の義務を思い出し、ものすごくげんなりした顔を浮かべた。



 # # # #



「あ、アリス! 遅かったね?」


 放課後の図書室。

 ドアを開けると、アーティアが受付から手を振ってきた。

 先生はいないようだ。

 ラティは、なぜか、受付の前で本を借りようとしている。


「何してるの?」

「何って、図書委員のついでに本を借りようとしてますのよ?

 錬金術の授業で、参考書が指定されたでしょう?」

「いや、なんか、こう、上級貴族だし、メイドさんに買ってこさせるとか、お父さんから新品を送ってもらうとか、そんなイメージが……」

「アナタねぇ、上級貴族を何だと思ってますの!?

 王族やお姉さまじゃあるまいし、学校の寮で従者なんか使ってられません!

 お父様も、いちいちワタクシの参考書を用意するほど、暇じゃありませんわ!」


 ぶつくさと文句を言いながら、アーティアに向かって参考書を差し出すラティ。

 お願いしますとも言わないところが、実に上級貴族然としていて憎たらしい。

 もっとも、対応するアーティアはそういうところを気にしない性格。

 さっさと受付を済ませた。


「はい、ええっとこれであってるよね?」

「ええ、間違いありませ――」


 が、受付票を確認したところで、ラティが固まった。

 視線を追った先には、ツギハギだらけの不気味なぬいぐるみ。

 アリスも固まった。

 アーティアは首をかしげた。


「どうしたの?」

「どうしたの?

 じゃありませんわ!

 なんでそんなぬいぐるみを!

 当たり前のように!

 受付カウンターの上に!

 飾ってるんですの!?」


 アリスは初めてラティにうなずいた。かつて、毒を詰めて貴族の暗殺に使われたり、禁薬を隠して運んだりするために作られたいわくつきの一品が、他の小物と一緒に飾ってあれば、こんな反応にもなるだろう。


「ほら、昨日、ノグラ先生にその、アレの話をしたじゃない?

 そしたら、先生がさ、かわいそうだからって治したの。

 昔は酷い使われ方したみたいだけど、ぬいぐるみには罪がないからって。

 あ、中身はもう空っぽだから、大丈夫だよ?

 ねー?」


 まるで普通のぬいぐるみで遊ぶかのように、呪われてそうな物体に話しかけるアーティア。

 そういえば、アーティアはこういうところを気にしない性格だった。


「はあ、なんだかどうでもよくなってきましたわ。

 せいぜい、呪われたりしないように気を付けなさい」

「もー、大丈夫だよ? ほら、よく見れば可愛いし」


 平然と遊び続けるアーティア。

 ラティも、毒気を抜かれたらしく、肩の力を抜く。

 そんな二人を前に、アリスは葛藤していた。


(どうしよう、あのノグラ先生が直したとか不安しかないんだけど?

 手放すよう説得した方がいいのかしら?)


 だがそこへ、図書室の奥から司書の先生が出てきた。


「大丈夫。呪いがかかっていても、あなたたちに悪さはしないと思うわ」


 錬金術の参考書を抱えながら言う先生。

 他の生徒が借りに来るのを見込んで、奥から在庫を持ってきたのだろう。

 が、アリスとしては錬金術より身近な呪いの方が気にかかる。


「え? この子、呪いがかかってるんですか?」

「ええ。夜になると出歩いて、自分を捨てた人を探してるみたいよ?」


 とんでもないことを真顔で言う先生。

 固まるアリスに、さも意外という形で続ける。


「あら? 騒いでたから、てっきり分かってるんだと思ってたけど?

 ほら、人を殺すために使われたぬいぐるみに、怨念がこもって呪力が宿るなんていう話はよくあるでしょう? 私も昔は呪術をかじったことがあるけど、この子からはしっかり呪いの力を感じるわ」


 ただの仕込みぬいぐるみと思ったら、本物の呪いのぬいぐるみだった。

 後ずさるアリス。

 ラティはさっさと逃げ出した。


「わ、ワタクシ、これで失礼しますわ!」


 が、先生の方は逃げたラティを追おうともせず、苦笑を浮かべる。


「脅かしすぎたかしら?」

「ちょっと、冗談だったんですか?」

「あら? そんなことはないわよ?」


 そして、先生はどこまで本気か分からぬ笑みを浮かべると、


「それより、この参考書を使うってことは、次の錬金術は実習でしょう?

 保存空間を作り出す実験で、ぬいぐるみが素材だから、気を付けてね?」


 実に余計な一言とともに、参考書を差し出してくれた。



 # # # #



 そして翌週。錬金術の実習である。

 普段の魔導書を読むだけの授業と異なり、手を動かして何かを生み出そうとする実習は、生徒からも人気が高い。

 が、気乗りしないのが二名。


「まさか、こんなにすぐ、ぬいぐるみをいじるとは思いませんでしたわ」

「大丈夫よ。

 司書の先生も、なんか分かって言ってたみたいだから、きっと呪いなんてないわ。

 ちょっと図書室で騒いでたから、嫌がらせしようとしたのよ!

 きっとそうに違いないわ!」


 ラティとアリスである。

 配られたぬいぐるみと、怪しげな触媒を前に、げんなりした顔をする。


「えー、でハ、今回はぬいぐるみの中に保存空間を作る実験をしまス!

 まずはお手元のぬいぐるみに薬品ヲ……」


 そんな二人をよそに、授業は進む。

 アリスは嫌そうに授業を受けていたが、ふと、最悪の事態が頭によぎった。


「まさか、アンタにぬいぐるみを押し付けたっていう錬金術師、あの先生じゃないでしょうね?」

「それはあり得ませんわ。自称留学生でしたし。制服を着ていましたし。

 少なくとも、教諭ではなく生徒のはずです」

「生徒って……この教室にいるんじゃないでしょうね?

 あのぬいぐるみが追いかけてくるなんて嫌よ?」

「それは――」


 周囲を見渡すアリスとラティ。

 が、自称留学生を見つける前に、先生と目が合った。


「はイ! そコ! お喋りしなイ!

 手順を間違うト、爆発したりして大変ですヨ!」


 慌てて首をすくめるアリスとラティ。

 ノグラは反省したと見たのか、小さくうなずいて説明をつづけ、


「では、実際にやってみましょウ!

 さア、お配りした素材を使っテ、かつての英知を実現させてくださイ!」


 ついに実験を指示した。


「どうする?」

「どうするもこうするも、さっさと片付けるしかありませんわ!

 今は呪術の授業ではないのです! ただの錬金術なんです!

 手順通りやれば問題ありませんわ!

 ほら、前の席のアーティアもはじめてます!

 あの子より遅いなんて、私の上級貴族としてのプライドが許しません!」


 やけ気味に手を動かし始めるラティ。

 アリスもそれに習って、錬金を始める。


 ラティの言うとおり、これはあくまで授業。

 あの呪いのぬいぐるみとは何の関係もない。

 冷静に考えれば、ちょっと自分たちは怖がりすぎじゃないかしら?

 まさか、この不安も、呪いのせいで……いやいや、駄目よ、そんな事じゃ。

 手元が狂うじゃない。

 ぐちゃぐちゃになった呪いのぬいぐるみが出来上がったらどうするの?

 ほら、黒板に書かれた手順を確認して――


 自分に言い聞かせるように前を向く。


 そこには、ツギハギだらけの不気味な人形が浮いていた。


 絶句するアリス。

 どこか遠くで、ラティの悲鳴が聞こえた。


「あ、ごめん、それ私の」

「おウ、アーティアお嬢様、じゃなかった、アーティアさン。空間を作ったのはいいですガ、触媒の配分がずれたせいデ、軽いガスが充満していますネ?

 これはこれで風船のようで可愛らしいですガ……」


 振り返ったアーティアと様子を見に来た教諭が何か言っているが、アリスとラティはそれどころではない。

 盛大に狂った手元は、ぬいぐるみに過剰に触媒を注入させたのである。


 閃 光 !

 爆 発 !


 結果、ぬいぐるみの残骸やら綿やら布やらでいっぱいになった教室が残った。



 # # # #



「ああもう、上級貴族たる私が掃除なんて……」

「まあまあ、後片付けだけで済んでよかったじゃない?」


 授業の後。罰として後片付けを命じられた二人に、付き添いで残るアーティア。

 教室のそこら中に飛び散った綿や布を、必死に箒で掃除していく。


「もとはといえば、貴女のせいですわよ! クシュン!」


 文句を言いまくるラティだったが、綿毛を吸い込んだのか、可愛らしいくしゃみに邪魔されてうまく八つ当たりができない。

 それに目を輝かせたアーティア、無邪気に煽り始めた。


「ラティ可愛い!」

「ふざけんじゃありませんわ! クッシュン!」

「はあ、アンタたち手を動かしなさいよ。終わるまで帰れないのよ?」


 そんな二人に、盛大なため息をついて見せるアリス。

 当然、ラティの機嫌はさらに悪くなった。


「文句を言わないと! クシュン!

 やってられ! クシュン!

 ませんわ! クッシュン!」


 文句を言いまくりながら、やけ気味に箒を動かすラティ。

 ラティ可愛い! と盛り上がるアーティア。

 なんという迷惑かつ面倒な無限ループだろうか。

 アリスは二人を無視して箒を動かし、


「あら?」


 意外な抵抗にぶつかった。

 一か所、机の陰に、こんもりと綿毛が山となって固まっている。

 綿毛の山を崩そうと箒で突っつくと、突如、中から人が出てきた!


「おウ! まさカ! たかがぬいぐるみ爆破程度で!

 このようナだめーじヲ受けルとハ、予想外でしタ!」

「あー! この人ですわ! クシュン!

 この間の! クシュン!

 怪しい留学生! クシュン!」

「おウ! 私ハ、怪しくなんてありませンでスまスよ?」


 ラティの絶叫とともに立ち上がったのは、制服に隣国の民族衣装を羽織った女子生徒――ナイアだった。

 いつぞやのパーティで冤罪事件を引き起こした張本人である。

 アリスとしては納得の犯人だが、そんなことを知らぬラティは猛然と詰め寄った。


「あのぬいぐるみ! クシュン!

 どういうつもりですの! クシュン!」

「どウとは? なにかあったのでスか?」

「アナタねぇ……! クシュン!」


 可愛いくしゃみに遮られながらも、ナイアをにらみつけるラティ。

 が、ナイアはまるで気にした様子もなく言い放つ。


「うふふフ……まさか中身に何かあったのですカ?

 私は知りまんヨ?

 エエ、もちろン、さっぱリ!

 まア、仮にあったラ、衛兵につかまっテ、あることないこと聞かれテ、大変な目にあいまスでスヨ? イヤハや、上級貴族様は大変ですネ?」


 では、と去っていくナイア。

 今にも掴みかからんばかりのラティ。

 アリスはそれを押さえようとし、


「ぐハ!?」


 その前に、怪しい留学生が倒れた。

 足元には、書店の棚に飾ってあるはずの、ツギハギだらけのぬいぐるみ!

 そのぬいぐるみが、怪しい留学生の足を引っ張っている!

 ぬいぐるみはそのまま自らの頭を外すと、空洞の胴の中に、怪しい留学生を詰め込み始めた!


「ナ、ナぁんですかぁぁァァァァァア!」


 小さな身体へ、ナイアが吸い込まれていく。

 やがて全身を飲み込むと、頭をかぶりなおし、アリス達に向き直った。

 そして、ノグラとまったく同じ声で話し始めた。


「この度ハ、我が国の生徒がご迷惑をおかけしましたタ。

 弟子が研究用のぬいぐるみを持ち出しましテ、どうしようかと困っていたところでス。事情はアーティアお嬢様と図書室司書の先生に伺いましたのデ、何とか盗んだ犯人を捕まえようと思イ、ぬいぐるみに罠を仕込んだのですガ、あなた方のおかげでうまく罠にひっかけることができましタ。

 この場を借りてお礼申し上げまス。

 図書室司書の先生ニ、ささやかながらお礼を渡すようお願いしましたのデ、ぜひ受け取ってくださイ。

 なお、急な錬金となった関係上、術式が非常に不安定でなメ、メッセージ後、ぬいぐるみは自動消去されまス。

 ――それでは皆様、ご一緒に!」


 二 回 も 爆 発 オ チ で 締 め る ん じ ゃ な い !


 自爆!

 閃 光 !

 大 爆 発 !


 後には、再びぬいぐるみの残骸でいっぱいになった教室が残った!


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