●06裏-1_お助けキャラはぬいぐるみを突き付けられた!


 貴族の令息令嬢の通う学園。

 この春、入学したばかりアリスは、慣れ始めた席に腰を下ろしていた。


 教室内では、すでにある程度グループが出来上がっており、上級貴族同士、あるいは下級貴族同士で集まって、盛り上がっている。


 アリス自身は下級貴族ということもあり、決してクラス内でのヒエラルキーが約束されたわけではなかったが、両親から上級貴族の世話役を仰せつかっているわけでもなく、その上級貴族のように先生から目をつけられるわけでもなく、ごく普通の生徒として学校に溶け込んでいた。


 このまま、春の陽ざしのように、穏やかな学校生活が続くはず。


 少し前、こんなことを考えた直後、盛大に裏切られた気がするが、きっと気のせいだろう。そうに決まっている。


「アリスー! 助けてー!」

「ちょっとよろしいかしら?」


 などと考えていたのがいけなかったらしい。

 アーティアとラティが襲来した。


「……うん、なんかこうなる気がしてたわ」

「え? なに?」

「何でもない。それで、今度はなに?」


 アーティアに向き直る。

 アリスの平穏を崩すの存在は、この腐れ縁の幼馴染しかいない。

 婚約者のフラネイルも匙を投げた恐るべき女である。


「いえ。用があるのは私ですの。これを見てくださる?」


 が、どうやら今回は違ったらしい。

 ラティが目の前に突き出したのは、つぎはぎだらけの不気味なぬいぐるみ。

 目はとれ、裁縫はほつれ、中身は飛び出し、布地は変色し――どこをどう見ても呪われている。

 いきなりそんな不吉な物体に視界をふさがれたアリス、思わず悲鳴を上げた。


「きゃぅっ!

 ちょ、ちょっと! ど、どどうしたのよこれ!」

「あら、ごめんなさい」


 素直に謝ったはいいが、平然とアリス机の上に呪われていそうなぬいぐるみを置くラティ。悪気はないのだろう、真顔である。

 ああもう、これだから人の痛みを知らない上級貴族様は!


「で、この人形ですけど……」


 未だ恐怖で心臓を鳴らすアリスを放置し、人の心を持たぬ上級貴族は、ぬいぐるみについて話し始めた。



 # # # #



 事の発端は登校中。

 ラティがお姉さまと慕う公爵令嬢ことイザラと学園の門をくぐった直後。


「おウ! すみませン!」


 隣国の民族衣装に制服の上着を羽織った女の子が、行く手を遮ったのである。

 留学生だろうか。どことなく発音も怪しい。


「何かご用でしょうか?」


 こんな怪しい者をお姉さまに近づけるわけにはいかない!

 取り巻きの取り巻きたる仕事を忠実にこなそうと、ラティは警戒しつつ女の子に声をかけた。


「私ハ、遅ればせながラ、先日留学してきたものでスまス!

 授業が始まる前ニ、先生方へ挨拶をしなければならナイのですガ!

 職員室ハ、どこでしょうカ!?」


 道に迷った割に、出待ちのごとく校門をくぐった瞬間に話しかけてくるとはどういうことだろうか。


 怪しい。


 もしや、誰もが憧れるお姉さまに、何かしようと企んでいるのでは?

 立派な取り巻きのラティは、自称留学生を引きはがしにかかる。


「では、私が職員室まで案内いたします! ついでに上級貴族を案内に使おうとした常識のなさもしっかりと矯正してあげますわ!」

「待ちなさい! ラティ、だめよ!」


 が、それを止めたのはお姉さまである。

 まさか、お姉さまとお知り合い? こんな不審人物が?

 と思ったが、お姉さまは、ラティも自称留学生も見ていなかった。


「そこの守衛! この方が迷子のようです! 職員までお連れして!」


 呼びつけたのは、校門横にいた衛兵。完全に不審者への対応である。

 なるほど、こうすればよかったのですね、流石お姉さま、と感動するラティ。

 が、自称留学生改め不審者も、ただでは終わらない。


「おウ! 守衛がいたのですネ! 見落としていましタ!

 ありがとウ! アリガトう!

 お礼にこれを差し上げまス!

 我が国ノ、文化と夢と呪力が詰まっていまス!」


 そう言って、つぎはぎだらけの不気味なぬいぐるみを取り出したのである。


「ちょっとこんな汚いぬいぐるみを!」

「ご心配なク! 呪力は本物ですヨ! それでハごきげんよウ!」


 わめくラティを無視して、ぬいぐるみをイザラへ放り投げると、さっさと歩きだす不審者。

 衛兵は慌てて追っていく。


「ラティ、これは私が処分しておきますから……」

「いえ! それには及びません! 私にお任せください!」


 敬愛するお姉さまに変な呪いがかかったら大変だ!

 ラティはイザラからぬいぐるみをふんだくると、慌ててその場を離れた!



 # # # #



「と、いうことがあったんですの」

「いや、明らかに怪しいでしょ! どうすんのよそれ!」

「それを聞きに来たんですのよ?

 始めは廊下で出会ったアーティアに処分をお願いしようと思ったんですけど、それならアリスが詳しいということですので」

「詳しいわけないでしょ! わたしを何だと思ってるわけ!?」


 叫ぶアリス。

 が、アーティアは不思議そうな顔で答える。


「え? 困ったときはアリスでしょ?」

「ああうん、アンタはもういいわ」


 ちょっと甘やかしすぎたかしら?

 今更になって後悔するアリス。

 もっとも、甘やかしたという自覚があるだけマシかもしれない。

 当たり前のように下級貴族の人権を無視する上級貴族とは雲泥の差である。


「で、どうしましょう? 不衛生ですし、ただ捨てるのも呪われそうですし、さっさと処分したいのですけど?」


 平然と聞いて来るラティ。きっとコイツは好感度が低かったら、問答無用でアーティアの鞄の中に放り込んでいたに違いない。

 アリスは痛み始めた頭を誤魔化すがごとく、とりあえず先延ばしにかかる。


「今日も図書委委員でしょ? そこで解呪の方法とか探してみたら?」

「あ、それいいね!」

「ええ、では、放課後、図書室に集合としましょう。

 それまで預かっていてくださいね?」


 おいふざけんな!

 そう叫ぶ前に、鞄片手に立ち去るラティ。


「ありがとうアリス! 待ち合わせの時間まで、私がこの子、預かっとくね!」


 お前は喜んでるんじゃない!

 そう叫ぶ前に、ぬいぐるみを片手に立ち去るアーティア。


 一人残されたアリスは、心の叫びをあげた!



 # # # #



 そして放課後。

 アリスはアーティアとともに、図書室を訪ねていた。

 司書の先生はアリスのクラスの担任だ。

 つまりは、この先生が担任だったせいで、アリスはアーティアとラティと図書委員をこなすことになったといえる。


「ごきげんよう先生!

 早速ですけど! 私たち、ちょっと調べものがありますから!」

「え? ええ、アリスさん? 何か怒ってる?」


 先生に八つ当たり気味の挨拶を飛ばしてから、本の間を縫って、図書室の奥へ。

 さすが貴族の学園というべきか、高価な魔導書から神学書、貴重な歴史的な資料まで、学園で教わる以上の知識がズラリと並んでいる。


「ていうか、あの取り巻きのお嬢様はどうしたのよ?」

「ラティの事? なんか先輩に心当たりを聞いてみるから遅くなるかもって、昼休みに言ってたよ?」

「サボる口実じゃないでしょうね?」

「もう、ちょっとアリスは、ラティのこと嫌がりすぎだよ?」


 いや、このくらいは普通だと思う。

 もうちょっと、この子にも人を疑うことを教えた方がいいかしら?


 そんな疑問を浮かべながらも、アーティアと共に本棚に向き直るアリス。


「じゃあ、私こっち探すから、アーティアはそっち、お願い」

「ん、いいよ!」


 図書室の中を走っていくアーティアを見送りながら、本を探すアリス。

 神学や医学といったタイトルの間を抜け、呪いや呪術といった、陰気な単語をタイトルに冠した本が並ぶ本棚へ。


『ぬいぐるみとその効果』

『ぬいぐるみと人の想い』

『世界の呪い一覧』


 とりあえず、関係のありそうな本を片っ端から開いていく。

 が、それらしい記述はない。

 本棚に入りきらなかったのだろう、未整理のまま乱雑に山と積まれた本も開いてみたが、こちらも外れ。

 やがて、疲れを覚えはじめたアリス。

 本棚の間から抜け出すと、同じく顔を出したアーティアに声をかけた。


「何か見つかった?」

「ううん、ぜんぜん。

 というか、私の頭じゃ見つかっても分かんないかも?」


 困ったように笑うアーティア。

 どうやら高級な本を理解するには、まだ知力が足りなかったようだ。

 どうしようかと思っていると、入り口の扉が開いた。


「お待たせしました!

 このワタクシが! 自ら! 回答を持ってきて差し上げましたわ!」


 盛大な登場をしたのはラティである。

 アーティアが拍手で迎える横で、絶対零度の視線をくれてやるアリス。

 が、ラティは得意げな顔のまま、本の中へ消えていく。

 次いで、本が崩れた音やら悲鳴やらが響く。

 人の心が分からないお嬢様は、本を大切に扱う心も分からなかったらしい。

 ざまぁ。


「えっと、大丈夫かな」

「大丈夫よ、ほっときなさい。変に助けると逆にうるさいから」


 疲労が限界に来たアリスは、適当な椅子を引っ張り出してだらけ始めた。

 アーティアも手持無沙汰なのか、呪いのこもっていそうなぬいぐるみをいじって遊び始める。


 もういっそこのままでいいんじゃないだろうか。

 仮にぬいぐるみの中に呪いが詰まっていても、アーティアなら問題ない気がする。


 が、捜索打ち切りを告げる前に、ラティが戻ってきた。

 髪が乱れていたり、足元がふらついていたりするが、得意げな顔は崩さず、机に本を広げる。そこには、『錬金術と拡張の応用~ぬいぐるみの中にプレゼントを入れる風習の仕組み』とあった。


「隣国では錬金術を応用して、ぬいぐるみの中に保存空間を作り出し、中にプレゼントを入れて贈るのが習わしがあったようですわ!

 それが転じて、戦時中なんかには禁制の薬の受け渡しや毒薬や毒ガスを仕込んで送るなんてこともあったとか!

 きっと、あの不審者は危険なぬいぐるみをどこからか入手して、お姉さまに渡そうとしたんですわ!」

「おお! ラティすごい!」

「おーほほほほっ! 当然っ! 当然ですわっ!」


 おい、ちょっとは考えろ!

 それ公爵令嬢の毒殺未遂事件だぞ!

 というか、さっきアーティアが遊んでたせいで、ぬいぐるみが開きかかってる!?


 慌ててアーティアからぬいぐるみを取り上げようとするアリス。

 が、その前にぬいぐるみの首が取れた。


「あ」


 声を出したのは誰だっただろうか。

 転がったぬいぐるみの頭の中に見えるのは、白い粉が入った袋。「指定危険薬物! 麻薬! 危険! ダメ絶対! ノグラ研究室専用!」などと書かれている。

 呪いや毒より質の悪い一品に、一斉に飛びのく三人。


「ちょ、ど、どどど、どうしようアリス!

 わ、私! ま、ま、麻やっ――なんて、初めて見たよ!?」

「お、おちちちち、落ち着きなさい!

 と、ととと、とにかく落ち着きなさい!」

「あ、あああああ! 貴女こそ落ち着きなさい!

 とにかく衛兵! 衛兵ですわ!

 お姉さまも衛兵を呼びつけていたから間違いありません!」


 震える手で人形の頭(禁薬入り)を持ち上げるラティ。

 が、そこへ、先生が顔を出した。


「あなたたち、親睦を深めるのはいいけど、いい加減、図書委員として――」

「ぎゃーーーーーーーーっ!?」


 およそお嬢様らしくない叫びをあげるラティ。

 手から零れ落ちたぬいぐるみの首は、きれいな放物線を書いてゴミ箱の中へ。


「あら、ごめんなさい」


 首を拾い上げる先生。

 そのまま、何事もなくラティに差し出す。


「? どうしたの?」

「え、あ、いえ、ありがとうございます?」


 中身は衝撃でゴミ箱の中に落ちたらしい。

 空っぽになった首を手に、混乱したまま礼を言うラティ。


「いえ、いいのよ。

 そんなことより! この間もお説教しましたが!

 他の生徒が来たら困るから、遊ぶのもほどほどにね?

 アーティアさんも、普段は頑張ってくれてるから、たまには息抜きをしてもらってもいいけど――」


 そのまま、長々と説教が始まる。

 こくこくと、玩具のようにうなずきながら聞く三人。

 終わったころには、日が傾いていた。


「どうする? 今から衛兵に届け出る?」

「はあ、自分で言ってなんですけど、届け出たら届け出たで、こっちに疑いがかかりそうで面倒ですわね」

「っていうか、イザラ様はどうなのよ?

 元はといえば、アンタのお姉さまが狙われてたんでしょ?」

「お姉さまはもうすぐ、クラウス様と流行り病の慰問へ向かわれる予定です。

 その準備でお忙しいところに、こんな話を持っていくわけに参りませんわ」


 図書館から出てすぐ、ひそひそと相談を始めるアリスとラティ。

 が、そこへアーティアが割り込んで来た。


「ねえ、さっきの麻や……に、『ノグラ研究室専用!』って書かれてたし、ノグラ先生に相談するの、どうかな?」


 そういえば、そんなことが書かれていた気もする。

 面倒ごとが回避できると思ったのか、ラティは上機嫌でうなずいた。


「あら? 貴女にしてはマシな意見ですわね。

 いいでしょう、ちょっとノグラ先生のところへ行って話してきなさい」

「はーい!」


 止める間もない。

 嬉しそうに去っていくアーティア。


「あ、ちょっと。もう、なんてことするのよ?」

「仕方ないでしょう。

 もう寮の門限の時間ですし、ワタクシが持っていくわけにもいきません。

 ……って、なんですかその顔は!

 下級貴族には分からないかもしれませんが、上級貴族は寮の門限は厳しいんですのよ! ちょっと遅れただけで、周りのいい笑いものですわ! ここはあの子にお願いするしかないでしょう!」

「あーうん、それもあるけど、お願いする態度じゃなかったとか他にもあるけど、一番はアーティアにノグラ先生で大丈夫かなってトコなんだけど?」

「貴女ねぇ……!

 じゃあどうしますの?

 わざわざあの程度のお使いに付き合いますの?

 そうやって甘やかすから、いつまでもあの子はあのままなんですのよ!」


 ほら、帰りますわよ?


 呆れているのか怒っているのかツンデレなのか、よく分らぬ言葉を残して歩き出すラティ。

 アリスはちょっと意外そうな顔をしてから、後を追った。



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