●07裏-1_聖女候補は聖女へと覚醒した！
「――はイ、でハ、今日も元気に錬金術の授業を始めましょウ！
本日は聖女伝説と錬金術について講義をしまス！
具体的には戦争――後に聖女戦争と呼ばれる頃ですネ。
数百年前、異民族の侵略に端を発したこの戦争ハ、本国と我が国――ア、私は隣国の出身ですから、あなた方からすれば逆ですネ――とにかク、二国が同盟を結んデ、ようやく膠着常態となりましタ。以降、散発的に戦争が起こり、私の一つ上の世代でようやく終結を見ることとなるわけですガ、こちらは歴史や神学の授業に譲りまス。
とにかくモ、聖女戦争の時代かラ、両国は英知を結束シ、発展させてきましタ！
もちろン、錬金術モ、ここでいう『英知』に含まれまス！
火薬や銃に加エ、様々な毒を開発したのも錬金術の成果でス！
ですガ、この戦争においテ、もっとも発達したのは医療でしタ！
何故カ！
原因は聖女にありまス！
長期化する戦争を何とかしようト、両国は引き抜けば大きな力を得るといわれている聖剣を持ち出しましタ！
国中の人間が集められ、聖剣を抜くことができるか試したのでス！
もちろん、当時の政治家ハ、古びた剣にそのような効果があるとは思わなかったでしょウ。狙いは伝説を再現するお祭りを開くことで、内部の不満を消化シ、士気を上げようと考えていたようでス。当時の記録でも、はっきりと『デモンストレーション』と記されていましタ。お祭りの最後にハ、当時の兵士長が抜くための偽の聖剣も用意していたくらいでス。
しかシ、我々錬金術師は違いましタ！
古びた聖剣ニ、細かな暗号が記されていることに気づいたのでス！
当時の錬金術師たちハ、研究を重ネ、ついに暗号の解読に成功しましタ！
そこにハ、とある薬品の製造方法ト、薬品に適合するのはこの聖剣を引き抜くことができる聖女のミ、と記されていたのでス！
実際にその薬品は製造されましたガ、服用すると一人を除き死に至りましタ！
もちろン、生き残った一人とハ、先ほどの『デモンストレーション』で聖剣を引き抜くことができた聖女でス！
彼女は特殊な遺伝子を持っておリ、それが薬品を克服させたのでしタ！
聖剣ハ、技術を伝える文献であり、同時に遺伝子の判別装置だったのでス！
素晴らしイ！
世界の錬金術師は感動しましタ！
こぞって過去の天才の英知を得ようト、聖剣と聖剣の示す薬の研究に走りましタ！
あるものは特殊な遺伝子がなくとも使えるよう薬を改良しようとシ、またある者は薬の効用に注目し、強力な生物兵器を生み出そうとしましタ！
その多くは失敗しましたガ、代わりに多くの医薬品や義体が生み出されましタ！
これほど錬金術に影響を与えた文献は過去にもないでしょウ！
現在、聖剣そのものは資料的価値しかなク、この学園の展示室に収められていますガ、私モ実物を見たときは震えたものでス！
この学校に赴任したのモ――」
脱線し始めたノグラの授業に、アリスはノートを取る手を止めた。
アリス自身は、一応、表向き聖女に関係する家系の出ということになっているが、所詮は末端の下級貴族。聖女がどうこうという話へのモチベーションは低い。
なにより、昨日の夜更かしが辛い。
一緒に遊んだ同じ下級貴族のアーティアも、前の席でぐっすり眠っている。
一緒に遊んだ上級貴族のラティは、なんとか気合で起きている。
必死に手を動かして、眠気と戦っているようだ。
上級貴族はこういう時も見栄を張らないといけないから大変ね。
後でノート見せてもらおう。
そう思ったアリスは、そっと目を閉じ――
「起きなさいっ！」
わずか数分で、ラティの肘に突かれた。
慌てて前を見ると、ノグラが深々と台座に刺さった剣と、気色悪い触手の塊のような生物の入った水槽を教壇の上に並べている。
厄介な問題を当てられたわけではないと分かり、ほっとすると同時に、嫌な予感を抱いたアリス。
そっと、ラティに問いかけた。
「起こしてくれてありがと。で、何あれ？」
「展示室から無断でパクってきた聖剣と、生物兵器の失敗作らしいですわ。
アレを使って戦時中の野蛮な薬の実演をするみたいですわよ？
あの先生の事ですから、寝てたら助手に指定されていたところですわ。
ありがたくも起こして差し上げたワタクシに感謝なさい」
そんな小物みたいなこと言ってるから、アンタは取り巻きなのよ。
口まで出かかった感想を押さえ、小声をつづける。
「はいはい、二回目だけどありがと。
ついでに前のアーティアも起こしてくれると、もっと嬉しかったんだけど？」
「それが、この娘、何をやっても起きませんの。
突っついたり、声をかけたり、蹴っ飛ばしたりしたんですけど、下品な笑い声を出すばっかりですわ」
言いながら、アーティアの座っている椅子を軽く足でけり上げるラティ。
アーティアはどんな夢を見ているのか、ぐへへ、お嬢様のおみ足が、などと声を出している。
「ああもう、こうなるとやるだけ無駄ね。
耳もとで憧れのお姉さまが来てるくらいのことを言わないと起きないわ」
「ちょっとアナタ、どういう教育してますの！？」
いや、私のせいじゃないわよ。
そう反論しようとする前に、先生の声が教室に響く。
「――というわけデ、このキメラ触手開発コード星の精３号、ペットネームてぃびちゃんに薬物を投与したいと思いまス！
誰か助手ヲ――はイ！
そこで寝ているアーティアお嬢……じゃなく、アーティアさン！」
「ふぁい！？」
「ちょっと教卓まで来てくださイ！」
ああ、遅かった。
哀れ、先生にあてられたアーティアは、周囲の笑い声に恥ずかしそうにしながら、教卓へと歩いていく。
「ええっと、先生？」
「アーティアさンにハ、このてぃびちゃんに薬品を与えてもらいまス！
ア、性別はメスだから安心していいですヨ？」
なにをどう安心しろというのだろう？
形容しがたい宇宙的な動きをするてぃびちゃんに、しかしアーティアは大して気にした様子もなく、受け取った薬ビンをそっと差し出す。
てぃびちゃんは冒涜的叫びとともに触手を伸ばし、アーティアの手からビンを奪い取ると、中の薬品ごと食べ始めた。
「先ほどご説明した通リ、この薬品は筋肉を増強する効果がありまス！
聖女に選ばれた少女ガ、重い鎧や聖剣を軽々振り回していたのを考えるト、当然の生理作用ですネ！
この薬品は、冒頭でご説明した聖女の薬を改良したものでス！
人間への毒性は消えないものノ、こうした錬金術で召喚した生物兵器であれば効果がありまス！
ちなみに開発者は私ですス！」
ちょっとなんてもの造ってんの！
アリスが叫ぶ間もない。
てぃびちゃんはまるでパンプアップしたボディビル選手のように膨れ上がり、水槽を突き破った！
阿鼻叫喚となる教室！
周囲の騒ぎに興奮したのか、てぃびちゃんが飛び上がる！
それも、あろうことか、アリスの方へ――！
「皆様！ 大丈夫ですヨ！ この制御呪文があれば――」
やけに遠くから、先生の声が聞こえる！
ああもう、やるなら早くして！
杖を振り下ろす先生を視界に捉えたと同時だっただろうか？
「ワタシノありすニナニシテルノ？」
地獄のような声を上げたアーティアが、なんと聖剣を引き抜いて、てぃびちゃんに切りかかった！
しかしてぃびちゃん、空中で身をひねってかわす！
着地点はアリスから微妙にずれ、
「ちょっと！ なんでこっちに来るんですのぉおおおお！？」
隣のラティを押しつぶした！
慌てて先生の方を見ると、
「ナ、なんト！
アーティアお嬢様！ アナタハ！
あの聖女の遺伝子をおもちなのですカ！
なんという幸運！ ぜひとも研究にご協力ヲ！」
なんか興奮していた！
振り上げた杖も放り出し、ノグラはアーティアに詰め寄って、
「先生、チョット静カニシテテネ？」
「ア！ はイッ！」
すぐ横の机を聖剣で両断したアーティアに、直立不動となった。
アーティア、生物兵器に向き直ると、気合と共に咆哮！
「いまこそ！ 師匠の教え！
セインツ流忍術の使い手として！ 守護の義務を果たす時っ！
む ぅ ん な ら ば ぁ あ ア 亜 唖 ！ ！ ！ 」
決意とともに 筋 肉 爆 発 ！ ！
そこには、彫像もかくやという、肉体美を超越した筋肉の鎧を身に着けたアーティアが！
ええ、ちょっと、師匠ってあの教会の神父様よね？
いったいなに教えてるのよ？
どうやったら貴族の娘がマッスルモンスターになるのよ！？
アリスの現実逃避をよそに、聖剣を放り出し、触手を掴んで強引に引き寄せるアーティア！
すさまじい勢いで引き戻されるてぃびちゃん！
そのまま、黒板に叩きつけられた！
ズルズルと床に沈み込んでいく、てぃびちゃん！
が、そこは生物兵器！
動いたかと思うと、触手を動かし人間のような姿へと変貌！
目のない顔をアーティアへと向けた！
ヤる気だ！
伝説の聖女と怪物、まるで神話のような構図に、先生がそっと拾い上げた聖剣を差し出す。
「 墳 ッ ！ ！ 」
が、受け取ったアーティア、聖剣を素手でたたき折った！
「あア！？ なんという事ヲ！？」
「圧倒的肉体があれば！
歴史的資料を踏みつぶし、触手に指を突きつける！
「いくよっ！ てぃびちゃんっ！！」
「かかってこいっ！」
え？ お前喋れるの！？
アリスの心の叫びをよそに、両者は激突！
「はい！ どーんっ！」 フロントダブルバイセップス！
「仕上がっているヨ！」 フロントラットスプレット！！
「ばりばりっ！」 サイドチェスト！！！
「キれてマス！」 バックダブルバイセップス！！！！
「いい血管！」 バックラットスプレット！！！！！
「ナーイスバルク！」 サイドトライセップス！！！！！！
「言葉は不要！」 アブノミナル＆サイ！！！！！！！
掛け声とともに、ポーズ！
教室は、フリーズ！
闘争心むき出しの笑顔で、睨み合う一人と一匹っ！！
先に握手を求めたのは――てぃびちゃんっ！！！
「参りました！」
「いい勝負だったよ！」
握り返すアーティア！
そこには、お互いに健闘を称えあう、種族を超越した、美しい姿がっ！
あまりの感動に、涙を流す先生！
あまりの意味不明さに、ドン引きする生徒たち！
「……あの、ワタクシのこと、忘れてません？」
「大丈夫、アンタの無念は私が晴らしてあげるわ。安心して逝きなさい」
「死んでませんわよ！？」
アリスはひとり、ラティを助け起こした！
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