第10話:イボエル VS 勇者

 最前線にいて、いまだ俺の存在は誰にも気づかれていない。

 それは何故か、影を移動しているからだ。

 だが、ここは大荒野であり、障害物はなく、影は存在していなかった。

 今俺が移動に使っている影は、事前に講じた影を作るための障害物の影だった。

 魔王軍や王国軍の影に移動することもできはするが、影移動の欠点は『動く影に移動できない』ことである。

 故に、影移動を使ったとしても、その影が移動してしまえば自動的に魔法は解除されてしまい、俺の体はその場で影からはじき出されてしまう。

 だからこそ、俺はその場から動かない障害物を自ら作り出し、その影を使って移動を繰り返している。


「オラオラオラオラアアアア! どうだ! 単細胞がああああっ!」

「俺は単細胞ではない! イボエル・タンサだ!」

「同じようなもんだろうがああああっ!!」

「ぬおっ!?」


 勇者の両目が金色の光を放つと同時に、イボエルが押され始める。

 あれは勇者だけが持つユニークスキル、勇者の加護だ。

 レベルが上がりやすくなるだけではなく、自らの身体能力を引き上げてくれる強力なスキルだ。

 身体能力の引き上げは熟練度によって変わり、今の勇者であれば二倍といったところだろう。

 それでもイボエルを押し返してしまえるのだから、勇者というのは本当に規格外の存在だ。

 ……まあ、好き勝手にやらせるつもりはないけどな。


「影魔法――影縫い」


 俺は障害物で作り出した影の中から姿を見せると、ひっそりと影魔法を発動させた。


「そろそろ限界じゃねえの――どわっ!?」


 影縫いは対象者の影をその場に縫い付け、動きを阻害するための魔法だ。

 勇者はイボエルを仕留めようとさらに前に、さらに苛烈な攻撃を仕掛けようとしていたが、俺はそこを狙って影縫いを発動した。

 故に、勇者はやや前のめりになりながらも、その姿勢のまま動きを止めている。


「ん? 隙あり!」


 イボエルが前に出て剛腕を振り上げたところで、俺は影縫いを解除する。


「くそったれがあ!」


 悪態をつきながら体を逸らせて紙一重の回避を見せた勇者だが、その額には大粒の汗が見受けられる。

 直撃なら勇者であってもただでは済まないだろう。そのことを彼も実感したはずだ。

 その証拠ではないが、勇者は大きく飛び退いてイボエルから距離を取った。


「はぁ、はぁ……ちっ! 面倒くせぇ! なんでてめぇはまだ生きてんだ!」

「おかしなことを言うではないか! 貴様が殺してない、だから俺は生きているんだ! がはははは!」

「クソがっ! マジでうざってえっ!」


 あのままイボエルの拳が当たってくれていたらありがたかったんだが、そう簡単にはいかないか。

 影縫いで縫い付けておけば、間違いなく勇者を倒すことはできただろう。

 だが、それをしてはイボエルに俺が手助けをしていたことを気づかれてしまう。

 イボエルは戦士であり、力を全てだと考えている。

 アリスディアのためなら、勝利のためならば、俺が手を貸すことも受け入れてくれるだろう。

 戦争が終わって種明かしをしても、最初は笑い飛ばしてくれるだろう。

 だが、その心の内はどうだろうか。

 戦争は今日だけでは終わらない。

 今日の勝利は勇ボコのストーリーから逸脱してしまう結末ではあるが、それで王国軍の侵攻が終わるとは思えない。

 それほどに、勇ボコのストーリーは徹底的に魔王をボコボコにしてしまうものだからだ。

 イボエルに気づかれることなく、そして勇者にもそれっぽいことを言わせることなく、どちらにも気づかれないように援護して、魔王軍が勝利を手にしなければならない。


「……なかなかに面倒な条件戦だよな、これって」


 イボエルはイボエルで戦っているが、俺は俺で別の戦いを強いられている。

 影縫いは連続で使うと縫い付けていられる強度が徐々に落ちてしまうし、長時間の縫い付けは勇者に気づかれてしまうかもしれない。

 最悪、勇者が気づく分にはいいんだけど、こいつの場合は戦闘中もなんだかわめいているし、変なことを口走ってイボエルに気づかれる危険性が高いのだ。

 こんな勇者でなければ、もう少し大胆に援護できるんだけどな。


「とはいえ、英雄たちが駆けつける前に片を付けないと、本当にバレてしまう。危険ではあるけど、もう少し積極的に援護するか」


 俺はもう再び影移動でイボエルと勇者の戦場に近づいて戦況を確認する。

 ……あれ? どうなっているんだ? さっきまで攻め立てていた勇者が、慎重になってる?

 王国軍もなんだか困惑しているし、何があったんだ?


「……い……怖……死に……ない……」


 ……何か呟いてる?


「……怖い怖い怖い怖い、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない……」


 …………もしかして、怖がってる? えっと、勇者だよな、こいつ?

 まさかイボエルの剛腕を目の前にして、死ぬかもしれないと実感を得て、怖がっているのか?

 いやまあ、気持ちは分からなくはない。俺だって死にたくないし、痛いのが嫌だからこうして暗躍しているんだからな。

 だけど、勇者だよ? あなた、勇ボコの勇者だよね?

 勇ボコの勇者なら、魔王軍へ勇敢に立ち向かい、その背中で王国軍を引っ張り、英雄たちから尊敬の眼差しを向けられる、そんな設定じゃなかったか?

 それにこいつ、イボエルのことを「単細胞」と呼んでいた。

 そんなセリフが勇ボコにあっただろうか?


「来ないのであれば、こちらからいくぞ!」

「ひいっ!? く、くくくく、来るなああああああああっ!!」


 痺れを切らしたイボエルが前に出ようとした直後、勇者の悲鳴にも叫び声と共に、彼から金色の強烈な光が放たれた。

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