第9話:イボエル VS 王国軍

 正直なところ、最前線以外の戦場もどうなっているのか見に行きたい。

 しかし、シナリオ通りなら苦戦はすれど勝利を収める予定になっている。

 被害はゼロではないが、だからといって最前線のイボエルを差し置いて見に行くべきかと聞かれれば、否だ。

 戦争で被害ゼロを目指すなどということは、理想であって現実ではない。

 実際には被害をどれだけ少なくすることができるか、そこを考えなければならない。

 そして、俺が出した答えこそが、最前線の戦場で勝利を収めることだ。

 イボエルの勝利が確定すれば、それは勇者が負けたということ。

 王国軍の士気は一気に低下し、魔王軍優勢で全戦場での勝利が確定するはずだ。


「いくぞおおおおおおおおっ!!」

「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」


 戦場を移動していると、イボエルの嬉々とした号令が響いてきた。

 彼が率いるイボエル隊からも同様の声が上がると、地鳴りを響かせながらまっすぐに王国軍へ突っ込んでいく。

 画面越しに見ていたけど、本当にただの特効なんだよな、イボエル隊の戦略って。

 だが、それが王国軍から見れば脅威以外の何ものでもないのだから、イボエルの恵まれた体格はそれだけで武器になるんだ。


「く、来るぞおおおおっ! 盾を前に出せええええっ!」


 王国軍からそんな指示が飛んできた。

 今まではバカ正直に突っ込んでいき、そのまま返り討ちに遭うのが当然だった王国軍だが、今回は盾を前面に押し出して耐える算段だ。


「がはははは! そんなもので俺の突進を止められると思っているのか! いくぞおおおおっ!!」

「う、うわああああああああっ!?」


 ――ドゴオオオオオオオオンッ!!


 ……うっわ~。痛そうだな~。

 実際に見たら納得だ。あれは普通の人間では絶対に防ぎきれないよ。

 だって重装備の人間が一回の突進で、五人、六人と吹き飛ばされたんだからな。

 さらに王国軍の中枢へと進攻したイボエルが暴れるだけで、一人、また一人と重装備の人間が吹き飛ばされ、宙を舞っている。

 こんなのを見せつけられたらさすがに王国軍の士気も低下――


「耐えろ! 耐えるんだ! 我々は今日ここで、初めての勝利を手にするのだ!」

「「「「おおおおおおおおっ!!」」」」


 ……低下、しないだと? 勇者たちは王国軍からの信頼が厚い、ということか?

 だとしても、どうしてすぐに最前線に出てこない? すでに王国軍に被害が出ているんだぞ?

 ……何かがおかしい。俺の知らないシナリオがあったのか?


「がはははは! どうした、どうした! この程度か、王国軍!」


 イボエルはいつも通りに王国軍を薙ぎ払っている。

 ……一度、この場を離れて他の戦場を見に行くべきか? だが、その間に勇者たちがイボエルと衝突したら? この違和感の正体はいったい何なんだ?


「――だらああああああああっ!!」


 そこへ、若い青年の声が戦場に響き渡った。

 俺が視線を向けると、声の主はイボエルへ一直線に向かっていく。

 そして、手に持っていた剣を振り上げると、勢いよくイボエルめがけて振り下ろした。


「若いな! だが俺を倒すにはまだまだ――ぐおおおおっ!?」


 振り下ろされた剣めがけて拳を振り抜いたイボエル。

 他の人間と同じように吹き飛ばすつもりだったようだが、拳と剣がぶつかり合った直後、吹き飛ばされたのはまさかのイボエルだった。

 地面を削りながら後方へ吹き飛ばされたイボエルは、驚きの表情と共に自らを吹き飛ばした金髪の青年に視線を向ける。


「……なるほど。貴様がシャドウ殿が言っていた異世界の勇者だな?」


 そう呟いたイボエルは、獰猛な笑みを浮かべながら傷ついた拳と拳を胸の前でぶつけ合う。


「あぁん? シャドウだぁ? ……んなこたどうでもいいんだよ! 俺様は勇者! てめぇをぶっ殺す男だ!」


 …………あ、あれ~? 勇者って、こんなキャラだったっけか?

 いやまあ、名前とか見た目は勇者だけキャラメイクできたけど、性格まではできなかったはずなんだよな。

 あれが素の性格ってこと? いや、だとしても勇ボコのシステム通りなら、勇者然とした態度で現れるはずだよな?


「面白い! ならば俺を殺してみよ!」

「はっ! 土下座して謝っても生かしてやんねぇっての!」


 イボエルと謎の口悪い勇者が同時に前に出ると、拳と剣がぶつかり合う。

 相手の力量がある程度分かったからか、今度のイボエルは吹き飛ばされるということはなかったが、それでも口悪い勇者が互角に渡り合っている。

 それだけでも驚きであり、王国軍から見れば初めて死四天将の一角を倒せるかもしれないという希望が湧きあがり、士気は今まで以上に高まってしまう。


「なかなかやるじゃないか!」

「うるせえっ! てめえはさっさと殺されやがれ!」

「すまんな、勇者よ! 俺はそう簡単に死ぬわけにはいかんのだ! 約束だからな! がはははは!」


 するとイボエルからそんな声が聞こえてきた。

 約束……そう、約束だ。

 俺はイボエルに、たくさん殴り合えるよう、死なないように頑張ってくれと言った。

 そしてイボエルも、たくさん殴り合えるよう、気をつけると約束してくれたんだ。

 本来の勇ボコのストーリーであれば、強者を見つけたイボエルが最初から全力で戦い、そこを勇者と三人の英雄が叩き潰す、というものだった。

 だけどあれは一撃必殺の攻撃を勇者たちに回避され、能力が一時的に低下したところを狙われたにすぎない。

 一撃必殺を出さなければ、今のようにいい勝負を繰り広げることも可能なのだ。


「うぜえなっ! さっさとやれよ! この単細胞が!」


 しかしこの勇者、マジで口が悪いな。本当に勇者なんだよな?

 ……って、そんなこと考えている場合じゃないか。

 いい勝負をしているが、それは口悪い勇者と一対一だからだ。ここに三人の英雄がやってきたら、戦況は一気にひっくり返ってしまうだろう。

 そうなる前に、手を打たせてもらうとするか。

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