第5話:気づけば自室
イボエルとの会話を終えた俺は、三日後にあるだろう戦争のことを考えながら廊下を歩いていた。
すると、気づけばどこかの部屋の前に到着しており、俺は扉を見つめながら瞬きを繰り返す。
「……ここ、どこ?」
魔王城の間取りに関しては熟知していると思っていたが、無意識のうちに到着したこの部屋に関しては、正直まったく分からない。
周りを見てみても他に扉がなく、この辺りには目の前にある部屋しかないようだ。
「……あれ、待てよ? ここ、知ってるかも?」
勇ボコの知識では間違いなく俺はこの部屋を知らない。
しかし、何故か俺はこの部屋の存在を知っているような気がする。
「……もしかして、シャドウの記憶か?」
そう呟いた直後、俺の脳裏にシャドウの記憶と思われる映像が一気に映し出される。
「ぐあっ!? ……ヤバいな、これ」
あまりの情報量に眩暈を覚え、思わずよろめき両手を扉について体を支えようとする。
「どわあっ!?」
すると、扉が開いてしまい、俺はそのまま部屋の中へ転がってしまった。
「いてててて。……あー、やっぱり、ここは俺の部屋か」
蘇ってきた記憶を頼りに部屋の中を見回し、間違いなく俺の部屋だということが判明した。
イボエルの部屋ほどではないが、俺の部屋もあまりものがなく、必要最低限のものしか置かれていない。
その割にものすごく部屋は広いので、無駄な空間が多くなっている。
「しかし、これだけ大きな部屋を割り当てられるなんて、シャドウは相当にアリスディアから信頼されているみたいだな」
これだけ信頼されている人物が、どうして勇ボコのゲーム内に出てこなかったのだろうか。
もしかすると、出てきていたけど俺が忘れているだけなのだろうか。
……いいや、それはないはずだ。何せ俺は勇ボコを誰よりもやり込んだと自負している男なんだからな。
「……いったいお前は何者なんだ、シャドウ?」
頭の痛みが徐々に治まり、俺は小さく息を吐いて立ち上がると、ベッドの端に腰掛ける。
少しずつ気持ちが落ち着いてくると、俺は改めて部屋の中を見回していく。
「……調度品は何一つない、寂しい部屋だな」
イボエルのように何もないに極振りされていたら、むしろ気持ちが良くなるくらいに潔いのだが、シャドウの部屋はそうではない。
ベッド、机に椅子、衣類を収納する家具など、必要最低限のものはあるけど、本当にそれだけだ。
ある程度ものがあるだけに、ただ寝るだけの部屋というのがより際立っているように見えてならない。
「……鏡はあるんだな」
その中で唯一、なくてもいいものがあった。鏡だ。
そういえば、自分の顔を見たことがないな。
他のキャラならある程度想像できたけど、俺の知らないキャラであるシャドウに関しては想像がまったくできない。
「……見てみるか」
これでものすごい不細工とか、老人とかだったら、どうしよう。
まあ、手にしわはないし、声もまあまあ若い感じだから、老人ってことはないか。
……せめて、普通の顔立ちであってくれたら、それでいい。イケメンとか、高望みはしないからさ。
そんなことを思いながら、俺は壁際に置かれていた全身を見ることができる鏡の前に立つ。
「……はは。根暗っぽい顔つきだな。シャドウって名前にピッタリじゃないか」
目の下にはくまがあり、疲れた表情を浮かべている。
ぼさぼさの黒髪で、唇の色は薄ピンク。シャドウのことを知らない人が見たら、不健康な感じが周りに伝わってしまいそうだ。
「……どうしてアリスディアは、こんな奴を信頼しているんだろうな」
頭が切れる奴だったんだろうか。それとも、特別な力を持っている奴なんだろうか。
もしも後者なら、その力を使えなくなった俺は、すぐに切り捨てられるんじゃないだろうか。
「……もしそうなら、俺は俺にしかできないことでアリスディアの力になってやる」
自分のために、俺は俺の知識を使うつもりだった。
だけど、シャドウの想いはどうだろうか。
本物のシャドウはきっと、アリスディアのために参謀になっただろうし、彼女を助けたいと思っているに違いない。
どういう経緯で俺がシャドウになってしまったのかは分からない。
だけど、俺になったからシャドウの想いを無下にしていいとは、不思議なものでなれなかった。
「……俺がシャドウになったから、なんだろうな」
もしかするとシャドウは、望んで俺に自らの体を差し出したわけじゃないかもしれない。むしろ、何かの事故でそうなってしまった可能性だってある。
それなら、俺は俺にできることをしながら、可能であればアリスディアを助けるでもいいんじゃないだろうか。
「俺にそんな器用なことができると思うか?」
俺は、俺の中にいるかもしれないシャドウに問い掛ける。
……まあ、答えを期待しての問い掛けではないし、返ってこないのも分かっていた。
「……まあ、なるようになるか。どちらにしても、直近の戦争に勝利できなければ、ここから先はないに等しいもんな」
できる準備は全てやろう。俺を守るため、アリスディアを助けるため、絶対にイボエルを殺させはしない。
「前を向いて、考えよう。俺自身に何が起きたのか、先のことを考えるのは、目の前の問題を乗り越えてからだ」
問題の解決を先延ばしにしていると思われるかもしれないが、今の俺にとってはこれが最善策なのだ、仕方がない。
「……なんだか少し、疲れたな」
鏡に映るシャドウの姿を見つめながら、俺はぽつりとそう呟いた。
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