第14話 我慢が得意な人なんていない

白石結菜は、ここ最近ずっと落ち着かなかった。

理由ははっきりしている。

朝霧結衣の周りが、以前とは比べものにならないほど騒がしくなったからだ。


休み時間になると、誰かが結衣を呼ぶ。

放課後になると、誰かが結衣の名前を出す。

帰り道の話題にも、必ず誰かが混ざる。

一人や二人なら、まだ良かった。

結菜は、結衣が好かれる理由をちゃんと分かっている。優しくて、話しやすくて、少し抜けていて、でも真面目で。

好かれない方がおかしい。

だから、平気なふりをしてきた。

笑って受け流して、冗談にして、

何も気にしていない顔をして。

それができる自分は、結構大人だと思っていた。

でも、それは間違いだった。

机に頬杖をつきながら、結衣の背中を見る。

クラスメイトと話す姿は、いつも通りなのに、

どこか遠く感じる。

一番一緒にいるのは、自分のはずだった。

朝も昼も、放課後も。

当たり前のように隣にいた。

その当たり前が、少しずつ揺れている。


昼休み。


「結衣、今日どこで食べる?」


いつも通りに声をかけた。

特別な意味なんて、込めたつもりはなかった。

でも、結衣は一瞬だけ言葉に詰まった。

そのほんのわずかな間が結菜の胸をざわつかせる。

「今日は……」

続きが出てこない。

考えている、というより、迷っているように見えた。

「誰かと?」

気づいたら、そう聞いていた。

結衣が驚いた顔でこちらを見る。

あ、言い方きつかったかもしれない、と少し遅れて気づく。

「約束ってほどじゃないけど……」

歯切れの悪い答えだった。

その瞬間、結菜の中で、何かがぷつりと切れた。

ずっと我慢してきた。

結衣が誰かと話していても、笑ってやり過ごしてきた。

自分が一番だなんて、口に出さないようにしてきた。

でも、我慢にも限界はある。

「結衣、最近さ」

立ち上がった自分に、結菜自身が一番驚いていた。

「いつも誰かと一緒じゃない?」

責めるつもりじゃなかった。

ただ、言葉にしないと、胸が苦しくなりそうだった。

「別に、結衣が悪いわけじゃないし」

言い訳みたいな前置きが、余計に自分らしくない。

「独占したいとか、そういうんじゃなくて」

本当だろうか。

少なくとも、全部が嘘ではない。

「でもさ……」

言葉が詰まる。

こんなこと、言うつもりじゃなかった。

「私、一番近くにいるって思ってた」

声が、思ったよりも真剣になってしまった。

結衣は何も言わず、結菜を見る。

その視線が、逃げ場をなくす。

「だから、急に順番待ちみたいになるの、嫌だった」

言ってしまった。

言葉にした途端、胸の奥に溜まっていたものが少しだけ軽くなる。

結衣は困ったように眉を下げた。

「……ごめん」

その一言に、結菜は慌てて首を振る。

「違う、違う!」

「謝ってほしいわけじゃない」

「結衣を責めたいわけでもない」

言いながら、自分がどれだけ必死か分かってしまう。

「ただ……我慢してたの」

それだけだった。

結衣は少し黙ってから、静かに口を開いた。

「結菜が、我慢してたのは分かる」

「でも、無理しなくていい」

その言葉に、胸の奥がじんわりと緩む。

「……我慢、得意じゃないんだよね」

結菜は苦笑した。

「ずっと一緒にいるのが当たり前だったから」

「それが変わりそうで、怖くなった」

口にすると、随分と素直な気持ちだった。

結衣は少し考えてから、はっきり言った。

「今も、一番近くにいるのは結菜だよ」

その言葉で、結菜は思わず顔を上げる。

「ほんと?」

疑うより先に、聞いていた。

「うん」

即答だった。

「でも、だからって何かが決まるわけじゃない」

「分かってる」

結菜は頷く。

「分かってるけど、言いたかっただけ」

それでよかった。

何かを決めてほしかったわけじゃない。

教室に戻る途中、結菜は少しだけ肩の力が抜けているのを感じた。

我慢しないと言ったら嘘になる。

きっと、これからも我慢することはある。

でも、全部を飲み込むのは、もうやめた。

結衣の方を見ると、少し疲れたような顔でため息をついている。

「……結菜」

「なに?」

「次からは、もう少し落ち着いて話して」

「努力する!」

即答だった。

努力止まりなところが、自分らしいと自覚している。

結衣は小さく笑った。

騒がしくて、不器用で、感情が顔に出やすくて。

でも、嘘のない感情。

結菜はやっぱり、

朝霧結衣にとって一番近くて、

一番ツッコミやすくて、

一番分かりやすい存在なのだと、改めて思った。

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