第8話 先輩!好きです!……好きです?
朝霧結衣は、自分が「後輩」という存在を完全に失念していたことに気づいた。
距離の近い同級生。
直球すぎる先輩。
包容力のお姉さん。
余裕の年上。
理詰めのクール。
からかい上手なバイト先の先輩。
ここまで来て、もう油断していたのだ。
「朝霧先輩!!」
元気すぎる声が、校舎に響いた。
「……はい?」
振り返った瞬間、勢いよく近づいてくる小柄な女子生徒が視界に入る。
一年生で、運動部所属。明るくて、声が大きくて、感情が全部顔に出るタイプ。
「やっと見つけました!わたしは星野ひなたって言います!」
「星野さん。私、逃げてました?」
「いいえ!探してました!」
違いが分からない。
「えっと……何か用?」
結衣がそう聞くと、ひなたは背筋を伸ばした。
「朝霧先輩!」
「はい」
「私、先輩のこと、すっごく好きです!」
一瞬、時間が止まった。
「……え?」
好き。
今、好きって言った。
しかも、迷いゼロ。
勢い百パーセント。
「えっと、それは……どういう……」
「尊敬してます!」
即答だった。
「かっこよくて、優しくて、面倒見がよくて!」
評価が高すぎる。
「あと、可愛いです!」
付け足された。
「……最後のいる?」
「いります!」
力強い。
「先輩、いつも困ってる人放っておかないじゃないですか」
そんなことはしていないつもりだ。
「この前も、プリント落とした人助けてましたし!」
見られていたらしい。
「だから、憧れてます!」
ひなたは真っ直ぐ結衣を見る。
その視線に、悪意も計算もない。
ただ、一直線。
「……それは、ありがとう」
どう返せばいいのか分からない。
「でも、その“好き”は」
「はい!」
「恋愛的な……?」
恐る恐る聞くと、ひなたは少しだけ考え込んだ。
「……たぶん?」
たぶん。
「まだ分かんないです!」
元気よく言い切られた。
「でも、先輩と一緒に見てると楽しいし、ドキドキします!」
それはもう十分ではないだろうか。
「だから!」
ひなたは拳を握った。
「先輩の一番近くにいる後輩になります!」
宣言の仕方が大胆すぎる。
「でも、ズルいことはしません!」
「……それは助かるけど」
「正々堂々、好意を向けます!」
向けなくていいとは言えなかった。
「……ひなたちゃん」
「はい!」
「距離、保ってくれる?」
結衣がそう言うと、ひなたはすぐに一歩下がった。
「はい!先輩が嫌なことはしません!」
素直すぎる。
「でも、話しかけるのはいいですか?」
「……それは、大丈夫」
「やった!」
全身で喜んでいる。
「先輩!」
「はい」
「先輩が誰と仲良くしてても、邪魔しません!」
その言葉に、少し驚く。
「でも!」
続きがあった。
「好きなのは隠しません!」
やっぱり引かない。
「……分かったけど、ほどほどにね」
なぜか、自然にそう答えていた。
「ありがとうございます!」
ひなたは深々と頭を下げる。
「これからもよろしくお願いします!」
「こちらこそ……」
去っていく後ろ姿を見送りながら、結衣は思う。
元気で、素直で、一直線。
一番安全そうで、一番油断ならないタイプかもしれない。
家に帰り、ベッドに倒れ込む。
これで、七人。
誰も触れてこない。
誰も無理強いしない。
でも、誰も引かない。
「神社……」
天井を見上げる。
「恋人が欲しい、とは言ったけど」
こんな事になるとは思っていなかった。
朝霧結衣は、ようやく理解した。
これはもう、
誰かが登場する物語ではない。
ここから、どうなるかの物語なのだ。
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