第3話 距離が近いだけです
朝霧結衣は、自分が高校二年生であることを思い出して、少しだけ安心した。
恋愛経験がなくても、まだ十七歳だ。
焦る必要はない。ないはずなのに、最近はどうにも落ち着かない。
原因は分かっている。
昨日のコンビニでの出来事。そして、その前日に行った結縁神社。
神社のせいだと決めつけるのは早い。
けれど、そう考えないと説明がつかないことが増えているのも事実だった。
「……気にしすぎ」
そう呟いて、結衣は教室のドアを開けた。
「結衣!」
入った瞬間、明るい声が飛んでくる。
「おはよ!」
結菜はそう言いながら、迷いなく結衣の隣に立った。近い。昨日までと比べて、確実に近い。
「お、おはよう」
「ねえ聞いてよ、昨日さ」
話しながら、結菜は自然に結衣の方へ体を寄せてくる。肩が触れそうな距離。いや、たぶん触れている。
「……結菜」
「なに?」
「ちょっと近くない?」
結菜はきょとんとした顔をしてから、首をかしげた。
「そう?」
「そう」
即答した。
「えー、普通じゃない?」
普通じゃない。
少なくとも、結衣の中の「普通」ではない。
「仲良しだからでしょ?」
そう言われると、それ以上強く言えない。
仲がいい、という言葉で片付けられる距離感なのが、余計に困る。
チャイムが鳴り、席に着く。
ようやく距離ができた……と思ったのも束の間だった。
授業中、ふと横を見ると、結菜がこちらを見ている。
「……なに?」
小声で聞くと、結菜は小さく笑った。
「結衣、今日なんか可愛い」
突然の言葉に、思考が止まる。
「……急に何」
「だって、いつもより表情柔らかい気がする」
そんなことを言われても、自覚はない。
けれど、昨日から色々あったせいで落ち着かないのは確かだ。
「からかわないで」
「からかってないよ」
即答だった。
「結衣のこと、ちゃんと見てるだけ」
さらっと言われて、胸の奥が少しざわつく。
“ちゃんと見てる”という言葉が、妙に引っかかった。
休み時間になると、結菜はまた自然に隣に来る。
距離が近い。けれど、触れない。
その絶妙な距離感が、逆に意識させてくる。
「ねえ結衣、今日一緒に購買行こ」
「うん、いいよ」
廊下を歩きながら、周囲の視線を感じる。
並んで歩いているだけなのに、なぜか見られている気がする。
「……見られてない?」
「そう?」
結菜は気にした様子もない。
「私たち、そんな変?」
「変じゃないけど……」
カップルに見えていないだろうか、という疑問は飲み込んだ。
昼休みも、結菜は隣の席に座った。
距離は近いが、触れない。
けれど、時々こちらを見て、にこっと笑う。
「結衣ってさ」
「なに?」
「一緒にいると落ち着く」
また、さらっと爆弾を投げてくる。
「……それ、どういう意味」
「そのままの意味だよ?」
深い意味があるのか、ないのか分からない。
でも、言われるたびに心臓が忙しくなるのは事実だった。
放課後。
「結衣、一緒に帰ろ」
「うん」
校門を出て並んで歩く。夕方の空気が少し冷たい。
「今日さ、楽しかったね」
「いつも通りじゃない?」
「でも、結衣といると楽しい」
まただ。
結菜は本当に、悪気なく言っているのだろう。
それが分かるから、余計にどう反応していいか分からない。
「……結菜って、距離近いよね」
改めて言うと、結菜は少し考えるような顔をした。
「そうかな。でも、結衣だから」
その言葉に、結衣は何も返せなかった。
家の前で別れる時、結菜は手を振る。
「また明日ね」
「……うん」
部屋に戻り、ベッドに座り込む。
「……これ、完全に好かれてるよね」
確信に近いものがあった。
でも、まだ決定的なことは何も起きていない。
触れられていない。告白もされていない。
ただ、好意だけが、分かりやすく向けられている。
「……神社、やっぱり関係ある気がする」
そう思いながらも、嫌な気持ちはしなかった。
朝霧結衣はまだ知らない。
この“距離が近いだけ”の日常が、どれほど貴重だったのかを。
そして次に待っているのが、
好意を隠す気のない先輩だということを。
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