繰り返す人影


【繰り返す人影】


「女性専用車両って、乗ったことはないけど場所はわかるでしょ?そう、一番後ろのところ」


そう言って伊沢さんは僕にこの話をはじめた。

通勤中に時々不可思議なものを見るという。


朝はいつも、満員電車のなか、大体30分くらい電車に揺られるの。

わたし、割と田舎の生まれだったから最初こそ人の近さに不愉快さを感じたけど、3年もすれば不思議なもので、他人と肌が触れ合うのなんて気になんなくなってきちゃうんだよね。

それでもやっぱり異性が妙に近いのは不快に感じて、どうしても苦手だったからもっぱら乗るのは女性専用車両だったの。

1番後ろだから改札から遠いし不便なところもあったけど、まあ仕方ないって割り切ってて。

わたし新宿駅の西口から出るからさ、わかる?完全に反対なの。

電車1本分の長さをずっと歩いて改札まで行くんだよ。


それで時々、本当に時々なんだけど変なことがあるの。

ホームを歩いているときにね、癖でいま自分が下りた電車の方をぼーっと見ながら歩くの。

特に意味なんてないんだけど、私が降りた後の電車に乗っていく人を見ちゃうんだよね。


そうするとね、同じ人が見えるの。

そう、同じ人。

例えば一昨日なんかは、ベージュの作業着みたいな上着を着たおじいちゃん。

こっちに背を向けて座ってて最初はもちろん気にならなかったよ。

でもその次の車両にも同じ格好、同じ座り方のおじいちゃんがいたの。

妙に猫背で背中がすごい丸まっててさっき見た光景をもう一回流しているみたいでおどろいた。

見間違いだって思ったよ、その年代の人なら同じような服だったり姿勢だったりするし。

でも2つ飛ばしたその次の車両でまた同じ人を見たときに、自分がいま異常なものを見てるって自覚しちゃったの。

そのあと?もう車内なんか見れないよ。

とにかく早歩きで改札にむかった。

でもさっき言った通り改札がすごく遠くてね。


いつも以上に改札までが長く感じたし、本当は顔を上げてあとどれくらい距離があるか確認したかった。


でも顔を上げちゃいけない気がしたの。

今顔を上げたら目の前に・・・なんて考え始めちゃって。


気が付いたらもう改札近くで、駅員さんの声とか改札の音とか聞こえたから安心して顔を上げたんだけど




だめだった




改札を向けた先に同じおじいちゃんがいたの。

こっち見て笑ってた。


それからは電車に乗るときはいろんなところでおじいちゃん見るよ。

降りた電車の中だけじゃなくて、ホームの隅とか、満員電車の中とか。

女性専用車両なのにね。


最近は怖くて電車に乗ってるときは目をつぶってるの。




「で、今朝は転んでここ、すりむいた」


伊沢さんは少しだけスカートをたくし上げると赤くなった膝を見せた。


この怪異はまだ、おさまらないという。

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