24、まるで天使のような?



「カイト!! そろそろ限界だ!!」


「了解」


 海竜を相手にしているメイリから、切羽詰まったような声が飛んできた。


 ポメ太郎は優しいから、どう頑張っても真っ白モフモフ無害な毛玉の要素が勝ってしまう。

 中層クラスの魔獣なら瞬殺できるけど、さすがに海竜レベルになると倒すのに時間がかかりすぎてしまう。


 そこで、天狼式(シリウス・モード)にスパイスの力を借りて……いや、スパイスは気分を盛り上げるために必要なだけで、そこまで重要じゃなくてですね。

 あと、また服装が変わるんですけど、決してこれは俺の趣味じゃなくてですね。


「いいから早くやれ!!」


「はいはい」


 心の中で言い訳をしているのをメイリに察知され、やれやれと海へ向かって飛び立つ。

 カレーの入った鍋は置いていくので、個々にお願いします!


「彼の者を安住の地へと導かん! 冥犬式アヌビス・モード発動!」


 俺の額から光の玉が飛び出して、元の姿けだまのポメ太郎に戻る。それと同時に、濃い闇色が俺の体を包み込んだ。

 冥府の闇に染まった肌は褐色へ、そして着物は切り裂かれたような袴のみという状態となり……。


「きゃっ」

「あらあら」

「ちょっ!?」


 俺の際どい服装に、リオさんとアヤメさんという二種類の女性と、なぜか男性の声が聞こえたけどスルーだ。

 とにかく今は、海竜の弱点っぽい「核」を見つけ出すことに集中する。

 冥犬式では相手の魂を狩ることに特化しているがゆえに、発動から解除までの時間も短い。どんな状態でも発動できる天狼式とは違って、体力が満タンの時じゃないと使用できないというコスパの悪さだ。

 そして、相手の弱点を見つけるのにうってつけの式でもある。


「せいっ!!」


 上空から海竜に向けて、闇の色に染まった斧を振るう。

 すると、青い風景の中に真っ黒な線が走る。闇属性の攻撃って精神に作用する者が多いから、パッと見わかりづらいのが難点だ。


「海竜の動きが止まった?」


「まだだ! カイトの合図を待ってろ!」


 好機だと攻撃をしようとしたムサシをメイリが制する。

 一瞬だけ闇の色に染まった海竜だったけど、ダメージを受けた様子はない。

 落胆する空気を感じるけど、効果はちゃんと出ている。

 海竜の大きな体の表面に散った闇色が、一ヶ所に集まって魔石のある場所を教えてくれる。


「メイリ! 喉元だ!」


「おう! 任せろ!」


 この大きさの魔獣にどうやって攻撃するのかと思ったら、爆発させるような攻撃を岩に向けて出し、飛び散る欠片を足掛かりにしているメイリ。

 

「お前……少年漫画の主人公みたいだな……」


外皮アバターを鍛えれば、これくらい軽いもんだ! カイトもやってみろ!」


「え、無理、暑苦しい」


 体を動かすことは嫌いじゃないが、筋トレみたいな暑苦しいのは苦手だ。


「暑苦しいからって、そんな破廉恥な格好してると少年漫画から出禁くらうぞ!」


「これは仕様なんだよ」


 喉元の他にもいくつか弱点を見つけた俺は、他のメンバーやグランディスさんにも伝える。

 冥府の力で防御力が弱まったのか、俺の指示する箇所は攻撃が通るようになってきた。



キャオオオオオオオオン!!!!



「クゥン!」


 痛そうに鳴き叫ぶ海竜に、肩にいたポメ太郎が輝く盾のようなものを出してくれる。

 他のメンバーの前にも出ていたから、さすがどこかの神様の眷属だなぁと感心しつつ……。


「せいっ!!」


 闇属性の攻撃はこれが最後だなと思ったところで、再び小さな光になったポメ太郎が俺の額に入った。

 天狼式の白色を基調とした狩衣の姿になり、肌を見せないきちりとした格好に戻る。

 体力が半分以下になったため後衛部隊のところへ戻った俺に、ムサシ氏が声をかけてきた。


「諸々聞きたいことはあるが、これだけは言っておきたい。今回は助かった! 感謝する!」


「まだ終わっていませんよ?」


「今のうちに言っておかないと、終わってからじゃ声をかけられないと思ってな」


 そう言ってニカっと笑ったムサシ氏は、ふたたび海竜との戦いの中へ飛び込んでいく。

 なんで終わってからじゃダメなんだろ?


「アレのことだと思いますよ」


「アレ、ですか?」


 同じく、後衛部隊のところにいたアヤメさんが、海竜のいる場所から少し右方向へと指をさす。

 そこにいたのは天使……の姿をした、国営ダンジョン管理事務局の女性事務員さんだった。





 

「海竜の討伐、お疲れ様でした。本来は深層のボスクラスの魔獣なのですが、ダンジョンに不具合があったようでご迷惑をおかけしました」


「いえいえ、リーダーのムサシ氏と異世界の冒険者の方々が頑張ったおかげですよ」


 天使のような姿を見た瞬間、ジョブを【式師(ライト・マスター)】から【萬勘定師ゼネラル・テラー】に戻した。

 露出度の高い冥犬式ではないものの、なんとなくバーテンダーの服装のほうが良い感じがしたからだ。

 ……まぁ、色々見られた後では意味ないとは思うけれども。


「当局で管理している掲示板サイト、並びにダンジョンに関する情報を掲載している公式サイトにつきまして、現在停止中となっております」


「そうですか」


 少しだけ嫌な予感がするけれど、にっこり笑顔で頷いておく。

 すると、いつも無表情がデフォである(文字通り)天使な局員うんえいさんが、驚くことに眉を八の字にしてため息を吐いた。


「どうやら局のほうで情報の漏れ《・・》がありまして、カイト様は複数ジョブを持ってらっしゃるとのことですが、お間違いありませんか?」


「はい」


 冒険者として登録手続きをする際に、個人情報は事務局で管理されていると教えられた。

 初めてダンジョンに入ると、外皮アバターとジョブがもたらされる。その時の情報が事務局に集められる……はずだった。


「カイト様の二つ目のジョブは未登録となっておりまして、こちらの説明が遅れて申し訳ございません。実は複数のジョブを持っている方にのみ説明させていただいたのですが、時期が来るまでは基本的に非公開ということでお願いしておりました」


「はい?」


 時期が来るまで非公開、とは。


「ジョブが変化する件は把握しておりましたが、複数となりますと現在の運営方法では事務局の手が回らず……ようやく目処がついたので、来月あたりに正式発表する予定でした」


 困り顔のまま話しを進める天使は、いつもの無表情ポーカーフェイスをどこかへ置いてきたようだ。

 小さく息を吐くと話しを続けた。

 

「今回の海竜討伐レイド戦に参加された皆様はもちろん、カイト様も配信をされていましたよね?」


「あ……」


 うっかり忘れていたけど、ダンジョンの探索者は個々にチャンネルを持っていて、その配信は常に公開される設定になっている。だから今回のレイド戦を配信しているのは当たり前のことであり……。


 でも、実のところ俺はポメ太郎パワーで、メイリは筋肉で運営てんしさんたちを籠絡して自分のチャンネルを非公開にすることができた。


「つまり、カイト様は複数のジョブを持っていると、配信を見ていた多くの人たちが知ることとなりました」


「ああ、なるほど。そういうことでしたか」


 いやいや、さすがに俺だって複数ジョブは珍しいかもって思っていたよ?

 だけど、これまでは何とかなっていたんだよね。


「クゥン」


 俺の肩の上にいたポメ太郎が、慰めるように鳴いてモフモフと体をすり寄せてくる。

 うん。大丈夫だよ。少し落ち込んだけど、すぐに回復するからね。

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