21、命の重さはどこでも一緒
「うわぁ……今回、若い子がいなくて良かったですね……これ……」
隣にいるサラリーマン冒険者は、まるで自分が傷を受けたかのように痛そうな表情になっている。
周囲の探索をしていた人たちが見つけたのは、ひどい怪我を負っている異世界人(男性)だった。格好からすると冒険者の戦士職だろうか。
少し離れた場所からでも、鎧の胸当ての部分は抉れ、服は避けていて大量の血が流れているのが見える。
集まっている人たちは、ほとんどが怪我人を直視できておらず、どうしたらいいのか分からないといった様子だ。
基本、俺たち冒険者は体を外皮(アバター)で覆われているから、ダメージを受けても血は流れない。そしてダンジョンから出ても肉体に傷などは残らない。
多少の痛みは感じたり筋肉痛になることはあるけど、実際そこまで体に影響は出ない「設定」になっている。
だからこそ、この状況は滅多にない事となる。
たぶんこういう時のために俺は呼ばれたのだろうな。
「すみません。ひとつ聞いていいですか?」
「あ、はい」
隣に話しかければ、痛そうな表情をしたまま返事をするサラリーマン冒険者。その顔、元に戻るといいね。
「明日はお仕事ありますか?」
「会社から長期休みを取るよう言われていたので、今週いっぱいをレイド戦で使うことにしたんで休みですよ……って、今はそれどころではないですよね!?」
「つい気になってしまって」
呆れているサラリーマン冒険者に、俺は身につけている魔石用のホルダーから小さな石を取り出す。
「これ、ジョブの固有能力に強力なバフがかかるのですが、使うと体に結構な負荷がかかるのですよ」
「そうですか……って、え? バフですか?」
「回復系、使えますよね。あの人はポーションじゃ間に合わないと思います」
やたらノリツッコミをしてくるサラリーマン冒険者に、俺は冷静に返していく。こういう時は焦って動くよりも、いったん立ち止まって落ち着くことが大事だ。
そもそも今回はトップランカーがいて、そこまで強い魔獣をアイテする予定ではなかった。だから今、回復系の能力が使えるジョブ持ちの冒険者は少ない。
「ははは、さすがよろず屋の店主(マスター)さん。なんでもお見通しなんですね……俺が使えるのは応急手当てくらいですが」
「医療系の勉強をされていたんですか?」
「学生時代、夏はライフガードのバイトをしてました」
そう言って能力アップの石を使い、自信にバフをかけたサラリーマン冒険者は、小走りで怪我人の元へと向かう。
彼の後ろをついて行くと、案の定ポーションでは間に合わない状態になっていた。
「通してください! 初級ですけど回復魔法使えます!」
「すまない! 頼む! ポーションだけじゃダメだった!」
真剣な表情のメイリとムサシ氏、怪我人の側にはポーションを飲ませようとして失敗しているアヤメさんがいた。
サラリーマン冒険者は気道を確保するように寝かせると、手慣れた仕草で呼吸の確認などをしている。
「意識はないけど呼吸はある。俺の応急処置で傷は塞がったし、他の内臓などに損傷はないです」
「応急処置でそこまでわかるの?」
「店主(マスター)さんにバフかけてもらったんです」
アヤメさんの言葉に返すサラリーマン冒険者に、なぜかまわりにいる全員が「なるほどね」という空気になっている。
いや。俺は万能じゃないし、出来ないこともたくさんあるよ? よろず屋であって、なんでも屋じゃないからね?
さらに回復魔法をかけながら、サラリーマン冒険者は指示を出している。
「血を流しすぎて貧血状態だと思います。脳と心臓に血がいくよう足を高くしてください。俺の能力だと血液を増やすことはできないので」
「くそっ、回復系のジョブ持ちを連れてくるべきだったか」
ムサシ氏が悔やんでいる。とはいえ、ダンジョンで異世界人……なおかつ怪我をしている状態で会うことなんて滅多にないことだ。俺やメイリが会いすぎなんだよな。
いや、ムサシ氏も東の国とやらの異世界人と会ったんだっけ。
「クゥン」
頭の上にいるポメ太郎が肩におりてきて、モフモフ俺の視線を誘導してくる。
少し先に見える海の手前、岩場から数人ほどこちらに向かってくる。
あれは……。
「確か、『啓明』というチームの……」
「マジか! あのチームには神官がいるぞ!」
明るい表情になるメイリに、周りの冒険者たちからも歓声があがる。
こちらに向かってきたのはガタイのいい男性が三名、そして背の低い少年のような外見の女性が一名のチーム『啓明』は、以前グリフォンの件で関わった人たちだ。
悪い人たちではないが、一妻多夫が彼らの常識なので少しだけ心構え(?)が必要だったりする。
うっかり気に入られると、夫の一人にならないかと熱心に勧誘されてしまう。俺が独身で恋人もいないのが決定打だったのは、後から気づいたんだけど。ぐぬぬ。
リーダーは戦士のグランディスで、彼に付き従うように大きなグリフォンが二頭いる。
よく見ると子グリフォンたちがそれぞれ乗っていて、ピヨピヨ鳴いているのが見えて和む。
『ひさしぶりだな店主。うちの子たちが騒ぐから来てみれば……同胞を助けてくれたのか。感謝する』
「お久しぶりです。私たちの仲間が応急手当てまではしました」
『そうか。アルベール、続きを頼めるか?』
『もちろんです』
アルベールと呼ばれたのは、チームで回復を担当している現役神官の冒険者だ。
そして同じチームの冒険者、リオさんの夫の一人でもある。
初めて会った時は気難しい人というイメージだったけど、このメンバーの中でもトップクラスの人情家だと思う。
他のメンバーもそうだけど、リーダーのグランディスさんへ向ける信頼は半端ない感じがする。
「よろず屋さん、本当に異世界語が分かるんだ……」
「噂では聞いていたけど……」
「ジョブの固有能力? よろず屋さんのジョブってなんだっけ?」
俺のジョブは【
そして異世界語が通じるのは、能力じゃなくてポメ太郎のせいだ。(断言)
怪我人の手当てをしていた神官アルベールさんが、緊張を解いて息を吐く。
『ひどい怪我だったようですが、適切な応急処置のおかげで一命を取り留めました』
「よかった……」
ムサシ氏も大きく息を吐く。
俺たち日本人勢のダンジョン内で死なない設定は、異世界人に適用されない。だから、こうして命が救われるのを目の当たりにすることで、今回のメンバーは色々と感じることがあったのではないだろうか……なんてね。
ゲーム感覚でダンジョンに入る日本人勢も悪くはないけど、命の大切さを知るのは大事なことだ。
他人だけではなく自分のも、ね。
まぁ、そういう俺は偉そうに言えない過去があるんだけど、また別の機会に話すよ。
「クゥン」
「はいはい。そのうちね」
俺のことはいいから、今は子グリフォンたちと一緒におやつでも食べてなさい。
……犬用のだけど。
「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
俺の言葉にメイリとムサシ氏だけではなく、異世界人の冒険者チーム『啓明』も視線を向けてきた。
……ん?
ああ、そうか。
このメンバーの中で、異世界の言葉が通じるのは俺だけだったか。
……残念な子を見るような視線がチクチク刺さるから、メイリはこっちを見るの禁止ってことで。
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