20、一応犬ではなく狼なので


 ダンジョンの中層は自然豊かだ。

 浅い部分は洞窟のようになっているけど、中層から密林だったり、砂漠だったり、雪山だったり……と、バラエティー豊かな環境になる。

 さらに深い層へ行くには、その階層のどこかにある出口を見つける必要がある。出口は小屋だったり洞窟だったり階段だったりと多種多様な感じで……つまり、なんでもありという感じだ。(詳細の説明は省く!)


「カイトは中層のボスは未経験だったか?」


「経験済みですよ?」


「よろず屋さん、それだと語弊があると思うわ……」


 メイリの問いかけに返していたら、前を歩いているアヤメさんにツッコミを入れられてしまった。その隣りを歩くムサシ氏も苦笑している。

 今日は初見の人たちが多いからメイリの前でも丁寧口調で通そうとしていたのに、なぜか妙な会話の流れになってしまう罠。

 これは100%メイリのせいだな。お前の分の伊勢海老はポメ太郎のものとする。


「クゥン♪」


 すっかりご機嫌のポメ太郎は、俺の頭の上を陣取っている。

 おかげで周りからの目線が俺に集まっているのだが。


「ポメ太郎がいなくてもカイトは注目されてるぞ? 主にダンジョンの外とかで」


 隣で呆れたように呟くメイリ。

 まぁ、確かにその自覚はあるけどね。俺は鈍感系ではないのだ。


「メイリの奥様からも、顔立ちだけは良いというお墨付き(?)をいただいてますからね」


「ああ、よく残念イケメンと言っているな」


 ほっといてください。そっちの自覚もあります。


「よろず屋さんと【剣聖ソード・マスター】がリア友という噂は本当だったんだな」


「俺のことはメイリでいいぞ。カイトとは、なんだかんだ腐れ縁だ」


 ムサシ氏とメイリは今回は初の共闘とのことだが、出会った時から気は合うもよう。

 そして腐れ縁とは……確かにオフの場では世話になっている自覚はある。

 野菜系の食べ物とか、メイリの奥さんがいなかったら口にしないだろうし……。


 ダンジョンの入り口には、今日のレイド戦(いくつかのチームや人が協力して戦闘することの通称)に参加する人たちが続々と集まっていた。

 けっこうな大所帯だなぁと思っていると、メイリがムサシ氏に問いかけている。


「中層まではどうやって移動するんだ?」


「今回は中層経験者のみを集めているから、入り口で集合したら一気に転移する」


「転移、ですか?」


 ダンジョンには転移のアイテムというものがある。

 代表的なアイテムは帰還の書で、人や同行者と一緒にダンジョンの入り口まで転移するアイテムだ。

 あと、稀に見つかる転移の書というアイテムだ。自身がマーキングしたポイントに飛ぶことができる。

 しかし、これらのアイテムで転移できる人数は、せいぜい同行している数人程度が限界だったはず。


「クゥン」


 頭の上でポメ太郎がもぞりと動く。

 んー、この感じは「え? 知らなかったの?」みたいなやつか。


「そのようなアイテムがあったとは初耳です。どのようなものか教えてもらっても?」


「もちろん。これはダンジョンからじゃなく、異世界人から偶然手に入れたものなんだ」


 ムサシ氏が懐から取り出したのは、達筆な文字が書かれた一枚の紙だった。

 

「これに魔力を込めると転移する術が発動するって話だ」


「異世界人からですか……例の東の国の人ですか?」


「そうそう。お互い言葉が通じないんだけど、実際に術を発動させて説明してくれたんだよ。親切な異世界人だった」


 実際に


 術を


 発動させた!?!?!?


「マジかよ……」


「……貴重な感じのアイテムなのに、その異世界人は説明に使ってしまったんですか?」


 唖然とするメイリ。さすがに俺も冷静ではいられず、ムサシ氏に色々と質問をしてしまう。


 その異世界人は、東の国という所の出身で、ダンジョンへは腕試しを目的としているらしい。

 東の国には『符』というものを使って術を発動するらしく、どこかで見たような陰陽師みたいなことが出来るとのこと。

 大きな術が発動できる『符』を作れる人は限られていて、その異世界人は貴族的な立ち位置にいるようだ。


 陰陽師かぁ……ちょっとやってみたい気持ちはあるけど、ダンジョンでしかファンタジーな活動できない俺たちのジョブでは難しいだろう。

 いや、陰陽師みたいなジョブを持っている人ならできるかもしれない。時間のある時にでも公式サイトのジョブ一覧を覗いてみよう。たまに不思議なジョブが増えているから、見てると楽しいんだよね。


「カイトなら色々と聞けるんじゃないか? 異世界人と会話できるんだし」


「すごい! 異世界語を翻訳や通訳できる人がいるのは知ってるけど、店主(マスター)さんのジョブでもできるのか!」


「同じジョブでも火や氷のエフェクトが出たり、人それぞれジョブに個性があるようですから、まだまだダンジョンには謎が多いですよ」


 俺のジョブがレアなのは否定しないけど、コハナちゃんみたいにジョブの名称が変化するパターンもあるから、よくあるジョブでも固有能力があると思う。たぶん。


 :うおーっ!間に合ったか!

 :これから中層に移動するみたいだよー

 :拳聖が集団転移するとか言ってる。

 :な、なんだそれは!俺は間に合ったのか間に合っていなかったのか!

 :もちつけ。大丈夫だ。そのあたりは誰も理解が追いついていない。

 :集団転移のは異世界人が作ったアイテムらしいよ。


 ふと気づいて配信画面を見れば、コメント欄がかなり賑わっている。

 そうだよね。集団転移なんて聞いたことないからね。

 今日はコメントの通知をオフにしているから、つい配信していることを忘れてしまう。すると、ポメ太郎が俺の頭で鼻をふすんと鳴らした。


「ポメ太郎、おやつかな?」


「クゥン!」


 ポメ太郎はあまり戦闘に参加しないけど、今日は珍しくやる気に満ち満ちている。

 伊勢海老ボスだからか?


「ポメ太はカイトと一緒に後衛チームにいるんだぞー」


「クゥゥン」


 メイリの言葉に不満げなポメ太郎。

 やっぱり今日は好戦的な感じがする。伊勢海老パワーすごいな。


 参加者全員がそろったところで、ムサシ氏が集団転移の『符』に魔力を込めて発動させる。

 帰還の書と同じような感覚で、まわりの風景が変化するのを数秒ほど楽しむ。何度体感しても不思議な感覚で面白い。

 この感覚が苦手なメイリは目を閉じてやり過ごしている。参加者の何人かも目を閉じているから、転移酔いするのは一定数いるのだろう。


 潮の匂いを感じながら、俺たちは海が見える方向へと歩いていく。

 このエリアのボスを探すのは【斥候スカウト】というジョブの人たちだ。彼らは周囲の状況を素早く把握できる能力を持っている。

 ムサシ氏とアヤメさん、そしてメイリは前衛だから先を歩き、俺は後衛のチームと一緒に彼らの後ろをついていく。


「よろず屋さんと一緒に戦えるなんて光栄です! 先日は守りの石をありがとうございます!」


「ああ、お客様でしたか。お買い上げありがとうございます」


 ポメ太郎が伊勢海老に釣られて大盤振る舞いしたお客様は、どうやら後衛職だったもよう。

 配信でコメントをくれる人と会うのは想定していたけど、実際にお礼を言ってもらえるのは嬉しいものだ。

 こういう時、身内以外にも守り石の作成を解禁してよかったなぁとしみじみ思う。

 丁寧に接してくれる人は普段はサラリーマンで、週末は冒険者として副業をこなしているとのこと。

 わかるわかる。デスクワークって運動不足になりがちだからね。


「そういえば【拳聖ナックル・マスター】たちの守り石は間に合ったんですか?」


「ええ、おかげさまで間に合いました。うまく発動すれば良いのですが。こればっかりは私も調整できないので……」


 そう言い終わらないうちに、前の方が騒がしくなる。

 周囲を探索していた【斥候】の人たちが戻ってきたらしい。

 

「……あまり良い状況ではなさそうですね」


「クゥン……グルル……」


 前方から漂ってきた血の匂いに、珍しくポメ太郎が低く唸っていた。

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