19、うっかり本音は火の用心


 カロロンコロロンと音が鳴る。

 ほとんど魔力の入っていない魔石がぶつかり合う度に淡く光ったと思えば、最後に花火のように弾けたりもする。

 毎回同じではないから、クズ魔石の加工は面白く飽きが来ない。

 今回はカロンコロンという、ガラスの器に入っている氷が当たる時のような音がしている。

 そしてその音色が鳴り止まない。

 いつもなら長くても数分で止まるんだけど……。


「これはなかなか……」


「何かあるのか?」


「いつもならすぐに定まるのですが、まだ変化が続いているようです」


「対価はいくらでも用意する。アヤメのだけでも頼む」


「ダメよ! ムサシのほうが先!」


「いえいえ。お二人のを同時に作っているので、どちらかというのはかえって難しいのです」


 ムサシ氏とアヤメさんは二人で行動している。どちらか片方よりも、同時に二つ作ったほうが圧倒的に楽なのだ。

 そして今、時間はかかるものの俺が辛いとかそういうのはない。

 最初に転がした石の音と光が止まないだけで、何か作業が必要ということもないのだ。


「本日のお渡しが難しいかもしれません」


「ああ、そういうことか。後日になっても大丈夫だ」


「そうね。できればボス戦の前に欲しかったけど、元々は守り石のない状態で挑もうしていたもの」


 :ボス戦ってなんだ?【剣聖】

 :わっ!? ネームドのコメントだ! 初めて見た!

 :(すみません。ネームドってなんですか?)

 :(だいたいの高ランク冒険者は、コメントの後にジョブが表示されるシステムになってて、それを界隈ではネームドって呼ばれている)

 :剣聖って、あの剣聖かw

 :その剣聖しかいないだろw

 :剣聖パイセン、お疲れさまっす!


 俺の配信コメントにリア友が登場している件。

 しかも「ネームド」だから、最速でコメント主が特定されているのが笑える。


 そして俺の配信画面を見ていたムサシ氏とアヤメさんが、二人同時に飲んでいたお茶を噴き出した。

 さすが高ランク冒険者のパートナー。息ぴったりだね。


「お二人は伊勢海老退治に行くようですよ。ポメ太郎も興味があるみたいで……」


 :よし。俺も行く。【剣聖】

 :キターーー!! 剣聖と拳聖が組むやつーーー!!

 :マジか!! 俺、絶対に配信みるぞ!!

 :レイド戦なら参加したいです!


「ゴホッ、ゴホッ、ちょっ、まて」


「ケホッ……このコメントってまさか、あの【剣聖ソード・マスター】メイリさんですか?」


「そうですよ」


 少なくとも俺の知り合いに【剣聖】はメイリしかいない。

 そして、メイリはポメ太郎を伊勢海老で釣りたいようだが、そううまくいくかな?


「クゥン!」


 うん。目がキラキラしているね、ポメ太郎。

 そんなに伊勢海老に興味津々なのかな? ポメ太郎はダンジョン産のものなら、食べても大丈夫だと灰色狼侍が教えてくれたから手に入れたら食べさせてあげるんだけど。


 うーーーむ……しょうがない。


「お客様」


「な、なんだ?」


「もしよろしければ、私も連れて行ってくださいませんか?」


「ああ、もちろん! アヤメもいいだろ?」


「よろず屋さんは補助系が得意そうだし、一緒に来てくれるのはありがたいわ」


「食事などもお任せください」


 :【剣聖】と【拳聖】という夢の編成だけじゃなく、よろず屋さんも参戦する……だと!?

 :そんなん勝ち確じゃん。つまんね。チートうぜぇ。

 :↑なんか湧いてきたな…

 :高ランク冒険者で、ダンジョン攻略のトップランカーたちだぞ? 勝ち確なんて分かりきったことだろ?

 :はいはい、嫉妬乙。


 うーん。さっそく配信画面のコメント欄の治安が悪くなってきたような?

 こういう時は注意したほうがいいのかもだけど、俺はだいたいブロックしている。

 そもそも、アンチコメントをするような奴らについて考えたり構ったりする時間がもったいないと思うし、ぶっちゃけ面倒だ。


 あと、これだけは言っておく。

 メイリの強さは「チート」ではない。アイツは昔から強かった。リアルの行いがダンジョンのジョブや行動に反映されているだけだ。


 それは最近になって、まことしやかに囁かれている「ダンジョンの法則」だ。

 リアルの経験が外皮(アバター)に影響を与えている云々ってね。


「俺もよくチートだと言われる。高ランク冒険者あるあるでも、実際言われているのを見ると気分が悪いな」


「目立っている人を見ると叩きたくなる性癖を持つ人たちって、わりとザ……アレよね」


 アヤメさん、今「ザコ」と言おうとして踏みとどまったね?

 配信中にそんな事を言おうものなら、瞬く間に大炎上するだろうな……俺も「弱い犬ほどよく吠える」という言葉を飲み込んだクチだ。


「ボス戦の日程はいつ頃ですか?」


「来週の月曜だから……三日後だ」


「かしこまりました。それまでに守り石を仕上げておきますね」


 未だにカロロンコロロンと鳴っている石を見ながら、懐から小さな水晶ポイントを取り出す。

 同じくメモリのついた布を取り出し、そこに水晶を落とす。


「二つ目のメモリですから、遅くとも二日後には仕上がります。ボス戦には間に合いそうです」


「それもジョブから得られるスキルなのかしら?」


「ええ、まぁ」


 まさかこんなファンタジーでスピリチュアルなことを、リアルでもやってるなんて言えない。

 少なくとも配信中に言ったら面倒なことになるだろう。

 そういう現象の否定派と肯定派の不毛な争いなんて、ただただ面倒なだけだ。


 :拳聖にメッセージを送った!よろしく頼む!【剣聖】

 :配信が楽しみだー!海のボス戦!

 :参加できる俺氏、今から楽しみすぎて寝られないもよう

 :寝ろ!万全の体調じゃないとダンジョンに入れないぞ!

 :寝ろ!そして四日後に起きろ!

 :寝ろ!俺が添い寝してやる!

 :↑どゆこと?www


 せっかくだから【聖騎士パラディン】のサクヤ君も呼ぼうと思ったら、メイリがすでに誘っていて断られた後だった。

 忘れかけていたけど、サクヤ君は大学生。普通の学生や普通の勤め人は、平日ダンジョンに入ることは少ないのだ。


 改めて思う。

 高ランク冒険者って、社会においてアウトロー(?)な部類になるんだな、と。


 え? 俺ですか?


 ちょっと変わったジョブ持ちだけど高ランクじゃないし、ただのしがない『よろず屋』ですよ。

 どうか今後もご贔屓に。

 


 

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