15、土の中から育って飛び出て



「なるほど。それで俺が呼ばれたってわけか」


「いやいやちょっと待ってください! なんで自分も呼ばれてるんです!? それも店主(マスター)さんのご自宅に!!」


「まぁまぁいいじゃない。ゆっくりしていってよ」


 灰色毛玉侍の来訪により、俺の家がダンジョン化している事実を知った。

 ポメ太郎が家にいた時点で予想はしていたけどね。


 まわりへの影響がどう出ているのか、身近な人たちにインタビューすることにした俺は、まずはメイリを呼び出した。

 そして最近、彼と行動しているサクヤ君を連れてきてもらったのだ。


「店だとすごくしっかりしている感じなのに、ご自宅だと緩いんですね……」


「オンオフはきっちり切り替えるタイプなんだよ」


「俺に対してはいつも同じじゃないか」


「メイリは心の友だからね」


「それは良いのか悪いのかどっちだ?」


「良いほうに決まってるでしょ」


 今の俺はリビングルームのソファーで寝そべり、だらりとしている状態だ。

 お茶はメイリが用意してくれていて、サクヤ君は持参した手土産を茶菓子として出してくれている。

 うむ。くるしゅうない。


「こいつ、店じゃ猫かぶっているからな」


「そうなんですね……って、そうじゃなくて!」


「サクヤ君は元気だなぁ」


 三十代後半の身としては、キラキラな大学生のサクヤ君が眩しいよ。

 メイリの淹れてくれた紅茶を飲むために、よっこらしょと体を起こす。


「説明しただろう? カイトの家がダンジョン化しているようだから、人の体に影響がないかを確認しようって話し合うと」


「だから、そういう隠さなきゃいけないことを、自分に話しても良かったのかという話ですよ! まだ出会って間もないのに……」


 あっけらかんとした様子のメイリに、サクヤ君が正論を言っている。

 まぁ、普通はそう思うよね。


「俺が大丈夫だと思ったのもあるけど、サクヤ君は【聖騎士パラディン】だからね。ジョブを失うようなことはしないでしょ」


「確かに【聖騎士】は日頃の言動や行動で維持できるジョブですけど、それでも自分に話すのはどうかと……」


「大丈夫だって」


 秘密の共有……と言いながらも、この件に関しては大事(おおごと)にならない気がするんだよね。なんとなくだけど。


「それで? この家もダンジョン化してるって話だが、今の俺たちは外皮(アバター)が無い状態だよな?」


店主マスターさんも、店にいる時の姿じゃないですよね……外見ほとんど変わってなくてびっくりしてますけど」


「サクヤ君も外皮アバターでは金髪だったのが、茶髪になるくらいだよね。メイリは真っ赤な長髪から短い黒髪になるから、変化があって羨ましい」


「外で顔バレしないから、変化はありがたいぞ。海斗は人が多い場所だとメガネとかかけてるよな」


「大変そうですね」


 俺たち冒険者は、ダンジョンに入ると外皮アバターと呼ばれる魔素をまとった状態になる。

 外見に変化がある人と、まったく無い人がいて、なぜそうなるか原因は不明だ。

 過去、どこかの週刊誌に「前世の姿になる」とかいう都市伝説の記事が炎上していたっけ……根拠がないのであっという間に鎮火してたけど。


 さて、本題に移ろう。


「メイリは実生活に何か変化があったりした?」


「特に何もないが……ああ、ダンジョンへ行くようになってから、嫁から苦情が出るようになった」


「苦情? そんな話は聞いてないけど?」


 メイリの奥さんからは筑前煮を貰ったり、うちの自家製梅酒を渡したりする仲だ。頻繁ではないけど、それなりにお互い近況報告をしている。


「夜が元気すぎると……」


「黙れ小僧」


 ピュアッピュアなサクヤ君が真っ赤になっている。

 メイリの奥さんは美人さんだから、若人には刺激が強すぎるのだ。


 俺?

 ムッツリを極めているから心頭滅却なんて朝飯前ってやつさ。ハハッ!


 俺の鉄拳が唸りをあげ、メイリが無言で頭を抱えている図よ。

 メイリは【剣聖ソード・マスター】なんてジョブを持っているくせに、俺の攻撃を避けられない不思議。


「イテテ……こういう時に出るカイトの攻撃は、なぜか避けられないんだよな……」


「師匠に一発当てるなんて、店主さんすごいです!」


「カイトでいいよ、サクヤ君」


「はい! カイトさん!」


 若者からキラキラした目で見られる三十代後半ムッツリ男子の図よ。


「メイリはともかく、サクヤ君は? 最近、何か変化とかあった?」


「自分は特に何もないです……あっ、彼女のジョブが変化したくらいで」


「確か【弓術士アーチャー・序】だったよね。プライベートなことを聞くけど、君か彼女の実家は神道関係だったりする?」


「あっ、そうです。自分の親が神社の神主で、弓の道場もやってます。彼女はそこに通ってて……俺は剣道のほうをやってます」


「やっぱりね」


「やっぱり、とはなんだ?」


 痛みから復活したメイリが、俺とサクヤ君の会話に加わる。


 俺が彼らの背景を予想できたのは二人の名前からだった。

 たぶんコハナちゃんは「木花」で、サクヤ君は「咲耶」って書くんじゃないかと思っている。

 実家らしき神社も、そっち系の神様を祀っているのだろう。たぶん。


 となると、色々と見えてくるぞ。

 ポメ太郎は真白狼族という、異世界とはいえ神の眷属らしい。コハナちゃんがダンジョンで大変なことをになっていたのを助けたのは、ポメ太郎の意思が大きく関係しているのかもしれない。


 それに【聖騎士】というジョブは、普通の騎士とは違って聖なる力……神聖な力の加護を受けて得られるものだと思われる。

 他の人たちは知らないけど、少なくともサクヤ君は実家が神社という最適な環境で【聖騎士】になれたのかもしれない……という仮説を立ててみた。


「ところでカイト。この植木鉢で何を育てているんだ?」 


「この前、カーバンクルからもらった種を育てているよ」


 いつの間にか窓際にいたメイリが、置いてあった植木鉢を覗き込んでいる。

 コハナちゃんに懐いていたカーバンクルからもらった植物の種は、運営に鑑定してもらってもよくわからないものだった。

 植物の種というのは判明していたけど、見かけが魔石のようだったから外に持ち出してみたら、消えずにそのままの形を保っていたから植えてみた。

 『よろず屋』には日の光が入らないから植物は育てられない。外に持ち出せなかったら、王都のギルマスに育ててもらおうとおもっていたんだけど……。


 よく考えたらポメ太郎のせいでダンジョン化していたから、外に持ち出しても大丈夫だったのかもしれない。他のアイテムも持ってきてみようかな。


「なんか出てきてるぞ。これ」


「出てきてる?」


 メイリが植木鉢を持ってきてテーブルに置くと、土に小さな双葉が生えているのが見える。


「植えたのは昨日なのに、もう芽が出てるんだ」


「そうじゃない。よく見てみろ」


 なぜか緊張感を保っているメイリの様子に、サクヤ君も恐る恐る植木鉢を覗き込む。

 すると、ゆらゆら揺れる小さな双葉の根の部分から、モコッと土が盛り上がる。


「気をつけろ!」


「カイトさん、下がって!」


 おお、【剣聖】と【聖騎士】が守ってくれるなんて、なかなか贅沢な状況だな。

 でも大丈夫だよ。


「二人とも落ち着いて。たぶんこれ……」


 土の中からポコンと出てきた、体長10cmくらいの小人を見て確信する。

 どこかのゲームでみたことのあるようなフォルムをしていて、体の土を丁寧に落としている仕草がやたら愛らしい。


「この子、マンドラゴラだよ」


「「はぁ!?」」



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