13、深層へ潜るは変人の所業


 酔いつぶれたギタール氏は、迎えに来た弟子を名乗る数人のドワーフたち(やや体が大きかった)がお神輿のように担いで行ってくれた。

 あんなに揺らして大丈夫なのだろうか……と思っていたら、入れ違いで友人であり【剣聖ソードマスター】のジョブを持つメイリが来た。


「ん? メイリひとり? サクヤ君あたりと一緒に来るような気がしたんだけど……」


「ああ、さっきまでサクヤを鍛えていたが、ちょっと込み入った話があると言って遠慮してもらったんだ」


「そっか」


 そういえば、メイリは運営とズブズブ(言い方)だから、冒険者に必須の配信を非公開で設定できるんだっけ。

 『よろず屋』はダンジョンの中にあるから、サクヤ君がいると配信されちゃうんだよね……いや、外で会えばいいだけなんだけどさ。


 ストックしてあるアイスティーを出すと、それをメイリは一気に飲み干したのでボトルごと出しておくことにした。


「ちょっと『勘定』を頼みたくてな。対価は支払う」


「なるほど。だからメイリは『よろず屋』に来たのか」


 ダンジョン内で使用するジョブの能力は、外では使えないからなぁ。


「面倒事を持って来たんじゃないぞ。明日あたりサクヤを連れて深層に行くから、守りの石を作ってほしいだけだ」


「それならいいけど」


 最近、厄介ごとが多いというか、穏やかな時間が少ない気がする。

 ポメ太郎のブラッシング時間も短くなっているし、俺の精神衛生上よろしくないのではという疑惑。


「……ポメ太郎はどこだ?」


「ふて寝してるよ」


 調べてもらってからじゃないと梅酒はダメと言ったら納得してはくれた。

 だけど、やっぱり飲みたかったみたいで拗ねてしまったのだ。


「撫でられなくて残念だ」


「撫でさせてもらえないのに残念、とは」


 相変わらずメイリはポメ太郎大好きマンだな。

 ふて寝しながらも、俺の足もとで丸まっているポメ太郎を軽く撫でてやる。その近くに置いてあるクズ魔石が入った袋を持つと、ずしりとした重さを感じた。


「よっこいしょ」


「そのかけ声、爺さんみたいだな……って、重いなこれは」


 失礼なことを言うメイリに袋を手渡せば、片手で軽々と持って重さを確かめられてしまう。落としたら笑ってやろうと思ったのにぐぬぬ。


「それにしても、メイリ自らが深層に連れて行くなんて珍しいね」


「アイツはなかなか見どころがあるからな。弓の彼女もジョブが変化したし、もう少し強くなれば一緒に連れて行けるのだが……」


「いや、女の子に深層はちょっと……」


 ダンジョンは浅い階層は中が洞窟のような環境で固定されている。もちろん凝った内装にする以前の『よろず屋』は洞窟そのものだったので、うちの店がある場所は浅い階層ということになる。


 しかし、深層と呼ばれる場所に関して言えば、環境も魔獣も時間が経つと変化してしまう、色々な意味で危険な所だ。

 マッピングしても時間が経過すれば使えなくなり、溶岩だらけだった場所が次の日には氷に覆われていたりする。

 メイリのような高ランク冒険者であっても数名で探索するのが常だ……と言いたいところだけど、なぜか彼は言葉の通じない異世界人の冒険者と行動することが多い。

 ソロ活動を好むけど、異世界人ならオッケーというメイリの思考がよくわからない。


 それはさておき。


 つまり、メイリのような特殊なジョブの持ち主や、上級者と呼ばれる変態……じゃなくて冒険者であってもキツい階層……それが深層という認識だ。

 

「カイトの守り石があれば、最悪死に戻りで済む」


「最悪以上のことがあるの怖すぎるでしょ。無理しなくてもいいと思うけど?」


 ダンジョンでは本当に死ぬわけじゃない。しかし、体は無事でも心の傷までは元通りってわけにはいかないから、冒険者はゴリラ並みのメンタルが求められている。

 心配する俺の様子に、メイリは軽く手を振って大丈夫だとアピールをしてみせた。


「俺が言い出したんじゃない。サクヤが強くなりたいから深層に連れて行けと、出会った翌日からずっとうるさいんだよ」


「……聖騎士って清廉潔白な変人っていう意味だったっけ?」


「毎日深層に潜っている俺はどうなるんだ?」


「変人で危険人物?」


「なんでだよ!?」


 軽口を叩いた俺は、袋に入っているクズ魔石をいくつか取り出す。

 こういうのは直感で選んだほうがいい。

 石を手の中で転がしながら、なんとなく転がす順番を考えておく。『勘定』の能力は『鑑定』とは違い、その物の機能よりも使うタイミングや流れまでを読む。

 ただ、言語化できないのがもどかしい。万人に分かりやすい【騎士ナイト】とか【魔術師マジシャン】とかなら説明もしやすいん……いや、そうでもないな? メイリなんて俺以上に感覚で動いているもんな?


「アメジストっぽいのはたくさん必要になりそう。あとは……ガーネットっぽいやつ」


「明日から深層は寒くなるのか?」


「たぶんね」


 薄い紫色の石は浄化や補助の魔法と相性がよく、使い勝手がいいらしいので毎回メイリに持たせている。

 赤い色は火属性を持っているものが多く、俺の直感で「これ」と選んだということは、今回のメイリには必要なのかもしれない。


 いつもの布を出し、その上に取り出した魔石を転がしていく。

 仄かに光りながら涼やかな音色を奏でる石たちに癒されつつ、仕上がった守り石をメイリに手渡した。

 ついでに、これからも『よろず屋』をどうぞご贔屓に……という気持ちも込めておく。


「属性、ハズレたらごめんね」


「カイトのはハズレたことないし、余ったら他で使うから大丈夫だ。それで、今回の対価は?」


 俺の能力はここでも発揮する。

 提供した商品に対して『勘定』することで、何を対価にするのか知ることができるからだ。


 ちなみに、魔獣との戦いでは、どのような攻撃たいかで成果を出せるのかを『勘定』することもできる。

 説明してもなかなか理解してもらえない能力だけど、慣れると便利なんだよ……本当だよ?


「んー、今回の対価は深層で得られる珍しい魔獣素材と情報、かな。情報については後でメッセージ送るよ」


「了解」


 金よりも物や情報が対価になることが多いのは、俺自身がそういう性質たちだからだろう。

 珍しく酒を飲まずに帰るというメイリを見送ってから、店を閉めるために寝ていたポメ太郎店をモフモフして起こす。

 かなり不貞腐れていたので、犬用おやつ「チャ〜ル」でご機嫌をとった。やれやれ。


 その後、ダンジョンを出て自宅の庭を歩いていると、玄関の前に妙な丸いモフモフが落ちていた。

 モフモフは白いポメ太郎で間に合ってますよー? 


「……どちら様ですか?」


『たいっっっへん、もうしわけないでござるっっっ!!!!』


 玄関の前にいたのは、灰色のモッフモフな二足歩行の犬……いや、狼だった。

 しかもデカい。


「とりあえず……目立つので、うちに入ってもらってもいいですか?」


『かたじけないっっっ!!!!』


 田舎だから近所迷惑にはならないけど、この灰色モフモフが話す言葉は異世界語だ。

 もうちょっとボリュームを下げてほしい。


「クゥーン」


『御意! 静かにするでござる!』


 いやいやポメ太郎よ。

 このモフモフに対して偉そうにしてるけど、君の口まわりには犬用おやつ「ちゃ〜る」の汚れがくっついたままだからね?

 後でお風呂に入れるからね?


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