12、ドワーフの兄弟愛
『店主! いつものを頼むよ!』
「……お客様、初めてのご来店で「いつもの」とご注文いただきましても困ります」
『すごいな! 本当に見分けがついているのか!』
「???」
少し赤みがかった紫の瞳を大きく見開いている異世界のお客様は、どう見ても小学生くらいの子どもにしか見えない。
だがしかし、ここはダンジョンというファンタジーな場所だ。
そして『よろず屋』は、未成年お断りの店にしている。見かけが子どもだろうが頭脳はオッサンだろうが、店に入ってこれたからには成人だろう。何の問題もない。
目の前にいる彼は、いわゆる『ドワーフ』という妖精族の男性だ。
もちろん成人しているので酒類も提供できる……っていうか、ドワーフに酒を出さないなんて俺にはできない。(ファンタジー脳)
ところで。
ドワーフといえば、酒! 髭! そして筋肉! というイメージがある。
しかし悲しいかな、このダンジョン繋がっている異世界でのドワーフの属性は「ショタ」……毛のないツルツルな肌を持ち、少し尖った耳を持つ美少年の姿だ。少しだけガッカリしたのは内緒ということで……。
今、俺の目の前にいる紫色の巻き毛の美少年はドワーフだ。好奇心の塊といった雰囲気の彼は、輝かんばかりの笑みを浮かべて言った。
『うちの兄貴が仕事した店で、変わった酒を出してるっていうからさ! 楽しみだぜ!』
「仕事?……ああ、そういえば、王都からのドアを取り付けてくださったのはガタール様でしたね。おかげさまで王都からのお客様が、頻繁に来られるようになりました」
『あまり嬉しくなさそうだな!』
「できれば必要最低限の仕事をして生きていきたいので」
『アンタ面白い奴だな! 俺はガタールの弟、ギタールだ! よろしく!』
「よろしくお願いいたします」
異世界人には『よろず屋』のポイントカードを発行していない。ダンジョン近くにある国の王都から直接来れるよう、ガタールというドワーフの職人が店にドアを取り付けたからだ。
仕組みはよくわからないけど、ドワーフの職人が取り付けたドアは普通ではない。入る場所と出る場所にドアを設置すると、距離など関係なく「場所と場所が繋がる」のだ。
ちなみに、ガタール氏とギタール氏について、顔はそっくりでも体形がぜんぜん違っている。ギタール氏は驚いていたけど、俺じゃなくても違いに気づくと思う。
兄がガタール、弟がギタール……その下がいたらグタールかな? なんて。
『酒を出してもらう代わりに、俺は技術を提供するぜ。アンタはクズ魔石を使うって聞いているから、こんな物はどうだ?』
ギタール氏が取り出したのは、革製の長財布にも見える。
巻きついている紐を解いてみれば、折り畳まれたものが長く広がっていくから、見かけよりもたくさん物が入りそうだ。
「これは……」
『気づいたか? この凹みに石を置くだけでいい。必要な時に必要な分だけ剥がれるようになっているから、いちいち袋から取り出す手間がいらないぞ。便利だろ?』
「確かに便利ですが、これはおいくらでしょうか」
俺のジョブは【
その能力が告げている……これはかなりの高額商品だと……。
いやいやなぜ初対面で高級品を取り引きに? そして俺に対して、やたら好感度が高いのも気になる。
ガタール氏はもっと人に慣れない野生の動物みたいな感じだったぞ?
『金は心配しなくていいぞ。兄貴が支払い済みだから気にすんなよ』
「いやいや気にしますよ。なぜここまでしていただけるのです?」
『理由を話すのはいいが、兄貴からは黙ってろって言われたから内緒で頼む!』
「もちろんです」
お客様の個人情報は極力守ります。
守れないこともありますが、そういう時は国単位で何かしらのアレが動いているので、察していただけるとありがたいです。はい。
『兄貴はアンタの店で仕事して、スランプから抜け出せたんだよ』
ガタール氏がスランプ……と当時のことを思い返してみる。
最初は警戒していたようだけど、酒が入ればあっという間に上機嫌だった。
豪快に笑って、豪快にお酒を飲んで、支払いも貴重な鉱石を出して連れのお弟子さんに怒られているような人だった。
「まったくそうは見えませんでした。ただ……」
そういえば、店にドアを設置した時、お弟子さんが泣いていたんだよな。
親方の技術を最初から最後まで見ることができて、感動したとかなんとか……ってアレか! 親方のガタール氏がスランプだった流れからの涙だったのか!
「そういうことでしたら、こちらは受け取っておきましょう」
『おう! 本当にありがとうな!』
ギタール氏は軽くジャンプしてカウンターの椅子に座る。
奥の部屋には
この高いスツールを設置したのは俺じゃなくてメイリだ。たまにコハナちゃんが座るのに一生懸命よじ登っていて、サクヤ君がデレデレしていたりする。爆発するといい。
ポメ太郎はにおいが気になるのか、魔石入れに近寄ってクンカクンカしている。
革製品って独特のにおいがするよね……。
「では、ご所望のブランデー梅酒です。ロックでよろしいですか?」
『頼む!』
ようやく肩の荷が下りたといった様子のギタール氏に、とぷとぷと梅酒をロックグラスに注いで出す。
自家製だから多くは出せないけど、ギタール氏は少しでいいと言っている。
ダンジョンの不思議のひとつ……俺たちが通常飲んでいるアルコールの度数が、異世界で数倍くらいになるというファンタジー。
元の世界の酒は割って飲むのがスタンダードになりそうだな……いや、うちの店はバーじゃなくて、あくまでも『よろず屋』なので。
「クゥーン」
「ポメ太郎?」
普段は犬用のジャーキーくらいしか欲しがらないのに、梅に興味津々なポメ太郎。
犬に酒類はダメだろう……と思ったけど、よく考えたらポメ太郎は異世界の子だった。もしかしたらファンタジーな何かで大丈夫なのかもしれない。
『っっっかー!!!! これは良い酒だぁー!!!!』
「高価なものをいただいたので、ひと瓶お土産にいかがですか?」
『ありがたくいただこう!』
「クゥーン……」
喜ぶギタール氏と、うるうるした目を向けてくるポメ太郎。
間に挟まれた俺だけカオスな状態だ。
「運営で調べてもらってからね」
「クゥン!」
上機嫌で体ごとぶつけてくるポメ太郎。毛玉だから痛くないけど、普段はあまり甘えてこないからレアなやつだ。
せっかくだからたくさんモフっておこう。
『きゅぅ……』
一杯目のグラスで、あっさりダウンしたギタール氏。
ドワーフは酒に強いというファンタジーの定説を守っていただきたい。
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