3、青春を謳歌している若人たち

「俺は新……メイリという。ここのマスターの親友だ。よろしく」


「コハナです。もしかして……【剣聖ソード・マスター】のメイリさんですか?」


「おう。よく知っているな」


「サクヤが……幼馴染がファンだと言ってました!」


「それは嬉しいな」


 ニカッと笑って頷いているが、俺は知っている。

 余裕ぶっている友人が、うっかりフルネームで「新堂明倫しんどう めいり」と名乗ろうとしていたことを……。


 冒険者登録をする時に個人情報保護するため、名前のみをカタカナ表記することが義務付けられている。うっかり異世界人にフルネームを名乗ろうものなら、貴族だと大騒ぎになるというイベントが発生してしまうからだ。

 メイリは何度かやらかしていて運営に怒られているのを、ひそかに俺は知っている。


 ちなみに。


 メイリが持っているジョブ【剣聖】は、今のところ彼しか持っていない。

 そのうち【騎士ナイト】や【戦士ファイター】あたりがランクアップして取得する可用性はある、かもしれない。

 これまでの経験や実績から与えられるというのが通説のジョブについて、メイリの場合は初期装備で【剣聖】だった。

 自分のことを棚上げするけど、一体メイリはどういう人生を歩んできたんだ? って感じだよなぁ。


「おいカイト。今、ろくでもないことを考えていただろう」


「そのようなことはございませんよ。お客様」


「丁寧語はヤメロ。鳥肌が立つ」


 :剣聖きちゃー

 :マスターがメッセ送ったんか?

 :若い女の子には優しいのね!俺たちにも優しくして干し芋!

 :干し芋は焼いて食うとうまいぞ…

 :私は冷たくされるのも好き…


 さっそくメイリの配信画面も賑わっている模様。

 別画面でコメントを確認した俺は、メイリの要望どおり丁寧語モードを解除することにした。


「メイリも人気者だね。そっちの配信のコメントもすごいことになってるよ」


「基本、コメント画面はオフにしている」


「見てあげなよ。ファンは大事にしないと」


「奥さんと娘ちゃん以外には優しくしない主義だ」


「あ、あの! お話中すみません!」


 俺とメイリの会話に、コハナちゃんが思い切って入ってきた。

 どうでもいい会話をしていただけだし、気にしなくてもいいよとジェスチャーで伝えると、コハナちゃんはホッとした表情で言葉を続ける。


「なぜ【剣聖】メイリさんに、私のことをメッセージで知らせたんですか?」


「お客様のこともありますが、本題はこの骨です。ほら、よく見てみてください」


 さっき交換に応じたスケルトンの骨をカウンターに乗せる。骨の表面がよく見えるよう、照明の魔道具を使って明るくした。

 うっすらと骨の表面に浮かび上がったのは……。


「模様? これが何かあるんですか?」


「これは魔獣寄せの紋だな」


「えっ!? でもこれ、初討伐記念だからって、チームの人からもらったものですよ?」


 メイリの言葉に驚くコハナちゃん。

 それもそのはず。自分の持っているスケルトンの骨に、なぜそのような紋が刻まれているのか? という話になるからだ。


「お客様のチーム編成はどういうものですか?」


「前衛二人と、私を含めた後衛二人、補助が一人です」


「……男性は1人ですか?」


「幼馴染のサクヤ以外は全員女性です。その彼に誘われて冒険者になりました」


「そうでしたか……」


 予想通りって感じだ。

 メイリを見れば、なんとなく察したのだろう。やれやれといった様子で冒険者のライセンスカードからメッセージを飛ばしている。

 ライセンスカードは、ダンジョン内ではスマホのような機能を果たしている。現代人にはありがたい存在だ。


 ちなみに、配信用のカメラは「ダンジョンの中にある不思議システム」によって、俺たちの目には見えないカメラが常にどこかで起動しているらしい。……俺の場合は例外っぽいけど。

 そういうシステムは国で秘匿されていて、個人情報保護がなんだとか言われることもある。

 でも、よく考えてみてほしい。常に外へ配信されていると思えば色々と自重するでしょ? だって人間だもの。


 連絡を終えたメイリは、しげしげとスケルトンの骨を眺めてため息を吐く。

 

「どうやら最近、この手の悪質なことをする冒険者が増えているって話だ」


「運営は把握していたんだね。……お客様、お迎えが来るまでここで待てますか?」


「お迎え、ですか?」


 こてりと首を傾げるコハナちゃんの横で、メイリは不機嫌そうにウーロン茶を注文している。

 面倒なことになりそうだからと飲酒は避けたらしい。意外と真面目な男なのだ。


「後のことは頼んだよ。メイリ」


「カイトが解決させてもいいんだぞ」


「俺はランクも低いし、運営との繋がりも浅いからね」


「クゥーン」


 俺の言葉に賛同するように、頭の上にいたポメ太郎がひと鳴きした。かわいい。


「むっ、ならばポメを触らせろ」


「また噛まれるよ?」


 :イッヌスキー剣聖【1000円】

 :ポメ太郎ちゃんの餌代【5000円】

 :もふもふ助かる【1000円】


「あの、また私に課金されていますけど……」


「受け取っておけ。新人冒険者なら、これから金もかかるだろう」


「いえそれは……」


 コハナちゃんが続けて何かを言おうとしたところ、俺とメイリは同時に部屋の奥へと目を向ける。

 現れたのは木製のドアだ。


「運営、ではないな」


「コハナちゃんのお迎えかな?」


 勢いよく開かれたドアから、銀色の塊が飛び込んでくる。

 今日は飛び込んでくるお客様が多いなぁ……。


「コハナ!! やっと見つけた!!」


「サクヤ?」


 新規のお客様は、コハナちゃんの初心者装備とは違って、かなり使い込んでいる銀色の鎧だ。

 うーん、鎧の銀色にはミスリルか聖銀が使われている感じだ。

 ということは……。


「ほう、【聖騎士パラディン】とは珍しい」


 線みたいなメイリの目が見開いているのも珍しい。


「サクヤ、他のチームの人たちは? 私は『よろず屋』さんに助けてもらって……わぁっ!?」


「コハナ!! よかった!! 次からは絶対に離れないからな!!」


 状況を説明しようとするコハナちゃんを、問答無用とばかりに幼馴染くんが抱きしめている。

 おお、感動の再会だね。

 とりあえず新規のお客様にお茶でも淹れておこうかな。


「もういいよサクヤ。私、冒険者やめるから」


「そんな……俺はコハナと一緒に……」


「私には向いてないみたい。サクヤはチームの人たちと仲良くがんばってね」


「なんだよそれ」


 だんだん表情に怒りが混じる幼馴染のサクヤ君。

 さて、そろそろ二人の会話にお邪魔させてもらおうかな。


「いらっしゃいませ。ダンジョン『よろず屋』へようこそ」


「わっ、な、なんだよ……って、『よろず屋』って、あの『よろず屋』ですか!?」


「たぶんその『よろず屋』で合ってますよ。そして、お客様が怒る相手は彼女ではなく、これを仕込んだ人間だと思いますよ」


 カウンターに置いたままにしていた、魔獣寄せの紋入りスケルトンの骨をサクヤ君に見せてみる。


「その骨に魔獣寄せがついてる。誰がやった?」


「……チームのメンバーに【付与術師エンチャンター】がいました」


 メイリの問いに対し、すぐに返答するサクヤ君。

 どうやら頭の回転は良いほうらしい。それに現状を把握するのも早いから、かなり優秀な冒険者になれるだろう。


 それらをメイリも感じ取ったらしく楽しげな表情をしている。せっかくだから手合わせでも……なんて思っているのかも。

 まぁ、この件を解決させるのはメイリだから、好きにすればいいと思う。

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