2、訓練されたコメント欄と相棒の紹介
異世界に繋がる『ダンジョン』が日本で見つかったのは、三十年ほど前のことだ。
それまでは不況だなんだと騒いでいた国の偉い人たちが、あっという間にダンジョンを国で管理する法を定めたのは、当時の全日本国民が驚いたのではないだろうか。
その頃は子どもだったから気にしなかったけれど、今なら分かる。
たぶんダンジョンを発見したのはもっと前で、そこで出会った異世界人たちと話し合ったり、内部に入って色々と研究したりしていたのだろう。
人間とは、未知のものを受け入れることに時間がかかるものなのだ。
とはいえ俺たちの世代だけじゃなく、現在も憧れの職業はダンジョンを探索する『冒険者』が常にランキングのトップだ。
ダンジョンに入ればアバターという外皮に包まれ、それが壊れたら「死に戻り」をする。実際に死ぬわけではないが痛みや恐怖は感じるので、冒険者たちは日々死なないよう必死に頑張っている。
唯一、ダンジョンから持ち帰ることができるのは採掘や魔獣を倒して得られる『魔石』のみ。日本ではエネルギー源として有効活用されるため、魔石は高値で取引される。うまくいけばスポーツ選手よりも高額所得者になれるのだ。
そんな夢のある世の中でも現実主義の俺、
五年前、たまたま実家の庭でダンジョンの入り口が見つかり、家族から管理を押し付けられた俺が冒険者ライセンスを取得したのは30代前半の頃。
得たジョブは【萬勘定師=General teller】というものだった。
前例のないジョブだったから、未だに謎が多い。
よくあるジョブならあらかた解明されているからネットで調べればすぐ見つかるんだけどね……。
ただ、自分で色々と調べるうちに、いくつかわかったこともあった。その能力を生かしつつ、今はこうやって『よろず屋』をやっている。
今回のような、迷子の冒険者の保護なんて日常茶飯事だったりする。
最初は戸惑うことも多かったけど、今では慣れたものだ。
特に、新人冒険者たちのトラブルは技術能力の云々というより、ほとんどの場合「人間関係」が原因なんだけどね……。
さて。
目の前にいるポニーテールが似合う愛らしい女の子は、初心者用の装備に弓を背負っている。俺のような特殊なジョブじゃないなら、【
身長も150cmくらいで小動物のような雰囲気があり、彼女はきっと無害なタイプの人間だと思う。ゆえに、原因は周りにあるのだろう。たぶんだけど。
大学生だという彼女は「コハナ」と名乗ってくれた。
「それで、骨は何に使うんですか?」
「色々と使えますよ。薬の材料だったり、建材になったり」
俺の趣味の道具だったり……と続けるのをやめておく。
彼女、コハナちゃんとは会ったばかりで、まだどういう人間なのか分からない。
悪人ではないことはわかるけど、まだ若い子だからなぁ……。
ダンジョンを探索する、いわゆる『冒険者』と呼ばれる人間は、犯罪歴があるとライセンスが発行されない。
けれど、多少性格に難がある程度なら誰でも冒険者になれるのだ。
ああ、でも、コメントで知られちゃうかもなぁ……と思ったけど、今のところ僕の趣味についてネットで話題になってはいないと友人が言っていた。
その理由について、思い当たる節はあるような無いような……。
さっきまで青ざめていたコハナちゃんの顔色も、すっかり良くなっている。
そして彼女の配信画面も賑わっているようで何よりだ。
国営放送の『ダンジョンチャンネル』は、冒険者の人数分だけある。トップランカーと呼ばれる高ランク冒険者やアイドル冒険者でない限りは、閲覧する人数が一桁なのが普通だ。
「すごい! あっという間に閲覧人数100人超えました! もしかして『よろず屋』さんって有名なんですか?」
「どうでしょう? 知る人ぞ知る、という感じだと思いますよ」
「私、今日がダンジョンデビューで……知識もあまりなくてすみません」
「いえいえ、お気になさらず」
「あっ、持っている骨は全部お渡ししますね」
コハナちゃんからスケルトンの骨をもらうと、ダンジョンから脱出できる帰還の書と、温かい紅茶とクッキーをカウンターに置く。
「どうぞ座ってください。クッキーは手作りなので、抵抗がなければどうぞ」
「いただきます!」
服が汚れているからと遠慮していたコハナちゃんだけど、汚れをとる魔道具を起動させたら喜んでいた。
うんうん。若くて素直な子は可愛らしいね。
:マスターがメロメロな件
:犯罪か!?
:冒険者ライセンスの発行は18歳以上ですしおすし
:祝、カプ成立【10000円】
:マスターは俺のものだ【20000円】
:お腐れ様退散【50000円】
コハナちゃんの画面を共有させてもらっているから、コメントは全部見えているのだよ。君たち。
「今のコメントをした人たちは出禁にしましょうか」
:ひぇ
:ちょっ
:【該当コメントは削除されました】
:【該当コメントは削除されました】
:仕事早いコメント欄に草
:この流れがわかっていたまであるw
俺を知る閲覧者は訓練(?)されているので、コメントの作法についてはあまり心配していない。
それに、俺には最強の相棒がいるからね。
「クゥーン」
カウンターにふわっと飛び乗ってきたのは、真っ白な毛玉もとい、ポメラニアンに似ている犬のような生き物だ。
俺が適当に「ポメ太郎」と呼んでいたら、その名前が定着してしまったという……。
うん。ごめん。今はもう愛着しかないけどごめん。
「わぁ、かわいいですね! ここにいるということは、テイムされているとか?」
撫でようとしたコハナちゃんの手を避けるように、ポメ太郎はふわりと飛び上がって俺の頭に着地した。
軽いからいいけど、毎度ビックリするんだよね。これ。
「すみません。この子は飼い主以外に懐かなくて……しつこくしていた友人は噛まれていたので、お気をつけください」
「うう、フワフワで可愛いのに残念です。名前はなんですか?」
「ポメラニアンみたいなので、ポメ太郎と呼んでます」
しょんぼりしながらも、コハナちゃんは見て愛でることにしたらしい。ポメ太郎を見てニコニコしている。
犬好きの友人は、何度も痛い目にあっているのに諦めないんだよな。
:でた! マスターの残念なネーミングセンス!
:いいじゃない。イケメンだもの。欠点のひとつやふたつ…
:言わないであげて…【5000円】
コメントを見て、紅茶を噴き出しそうになるコハナちゃん。
うん。コメント欄の君たちの言葉、俺は一生忘れないよ。
:【削除されました】
:【削除されました】
:コメント欄、危機察知能力高くて草
:コメント欄、訓練されすぎてて草
「店長(マスター)さん、本当に大人気なんですね」
「カイトと呼んでください。コメントの人たちは面白がっているだけだと思いますけど……と、すみません。友人が来ました」
「え?」
驚くコハナちゃんが見たのは、たぶん俺の右手にある壁に現れた鉄製のドアのことだろう。
そのドアが勢いよく開き、真っ赤な髪色をしたガタイのいい男が飛び込んでくる。
「おい! 何があった!? 無事か!?」
「店に若い女の子が迷い込んできたというメッセージで、なぜそこまで鬼気迫る登場をするのかな?」
固まっているコハナちゃんに「友人なので大丈夫ですよ」と言ったけど、落ち着くのに時間がかかってしまった。
友達思いのいい奴なんだけど、この暴走癖をなんとかしてほしい……。
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