ダンジョン『よろず屋』営業中!〜レアジョブをゲットしたので、クズ魔石を転がすだけの簡単なお仕事してます〜

もちだもちこ

1、ダンジョン『よろず屋』営業中



 薄暗い洞窟の中で、彼女は焦っていた。

 ダンジョンの中で「死」というものは訪れない。ただ、これまで得たものを失い、ダンジョンの入り口へ強制送還されるだけだ。

 それでも「死」というものに対し、本能的な恐怖を感じてしまう。

 慣れた冒険者ならばものともしない状況だが、あいにく今日が彼女のダンジョンデビューであり……。


「もう! 全部サクヤのせいなんだから!」


 焦りとともに湧き上がる怒り。

 その感情をこの場にはいない幼馴染にぶつけても、彼女の置かれている状況は変わらない。

 いちるの望みをかけて覗き見た配信画面にあるのは、無情にも閲覧人数「0」という悲しい数字だった。

 大手じゃなくても配信を見てくれる人はいるものだ。

 しかし、あいにく今は平日昼間。社会人や授業のある学生たちに、こんな新人冒険者の配信を見る暇はない。

 悠長にコメントでアドバイスを求めている時間なんてないのもわかっている。それでも人間とは、追い詰められると現実逃避したくなる生き物なのだ。


 背後から追いかけてくるのは、体が全て骨になっているスケルトンだった。

 動く骨格標本なんてホラーでしかない。


「ううっ、矢もなくなっちゃった……」


 弓を扱うジョブである【弓術士アーチャー】は、矢が尽きたら戦えない。

 しかもスケルトンたちは近くまで迫ってきているから、遠距離で戦う弓との相性も最悪だ。


「スケルトンを倒したら矢の素材は手に入るけど……」


 スケルトンの骨は矢の素材となる。

 今日初めてダンジョンに入った彼女に、そんな器用な戦い方ができるわけもなく……。誘ってきた上位ランクの冒険者である幼馴染のサクヤともはぐれてしまった。

 そう。

 彼女は「詰んで」いた。


「ああ、もう、無理……」


 アバターと呼ばれる外皮をまとった状態であっても痛みはある。

 外皮が壊れればダンジョン内での「死」となって……。


「いやだ……こわい……助けてサクヤ……」


 いよいよ泣きそうになった彼女の視界に、キラリと光る何かが映った。

 もうどうにでもなれ! と、がむしゃらに手を伸ばした彼女が触れたのは、手触りのいい木製のドアノブだった。

 もちろん迷うことなく、彼女はそのドアを開けた。




「いらっしゃいませ」




「……え?」


 さっきと同じ洞窟内とは思えない、明るい場所に彼女は立っていた。

 慌てて後ろを振り返ると、ドアがあったはずの場所は壁になっていて、絵やら地図やらが貼ってある。


「ダンジョンの『よろず屋』へようこそ。お客様は運がいいですね」


 心地よいテノールで紡がれる言葉が、つい数秒前までの緊迫した状況にいた彼女の頭にまったく入ってこない。

 呆然としたまま声の主を見れば、穏やかに微笑む長身の男性がいる。

 柔らかな紺色の髪はハーフアップに結われ、少し崩している前髪は彼の整った顔を引き立てていた。

 バーテンダーのような、カマーベストとクロスタイがよく似合っている。もちろん黒のスラックスと、よく磨かれた革の黒靴もセットで……。


(いやおかしいでしょ!)


 彼女は現状を把握できないまま心の中でツッコミを入れる。

 なぜダンジョンの中に、やたら雰囲気のいいカウンターバーの店があるのか。

 いや、彼は『よろず屋』と言っていたからバーではないようだけど……と、彼女は店内(?)を見渡す。

 カウンターの奥に並んでいるのはお酒の瓶やグラスが多く、至る所に照明の魔道具が設置されている。どう見ても居心地がよさそうなバーでしかない。


 最初に講習会で受けた、ダンジョンの中は異世界だという説明はこういうことなのだろうか……などと考え込む彼女に、男性は苦笑しながら説明する。


「ここは元々ダンジョンの休憩所セーフティーゾーンだったのですが、友人や知人が面白がって改造したらこうなりまして」


「はぁ……そう、ですか……」


「少し休んで行かれたらどうですか? それと、ダンジョンで得た不要なものがあれば、ポーションや魔道具と交換しますよ。入り口まで戻りたいなら帰還の書もありますし」


「えっ!? そんなものまであるんですか!?」


「はい。帰還の書は複数あっても困るからと、ここで飲食をされる代わりに置いていく人もいます」


 ダンジョン内では、チームを組んでいない人とアイテムやダンジョン貨幣で等価交換することができる。

 不思議なことにお互いが不要だと思っているものに関しては価値が下がり、片方に多く物品が手渡されることもある。

 事前に勉強したことを思い出した彼女は納得しながらも、手持ちのアイテムを見て絶望する。


「あの、私、スケルトンの骨しか持っていなくて……」


 ポーションなどは使い切ってしまったし、食料など重いものはリーダーであるサクヤが持っていた。

 泣きそうになっている彼女に、男性は微笑み手を差し出す。


「それはありがたいです。ちょうど骨を切らしていて」


「はい?」


 出そうになっていた涙は引っ込んだ。

 その直後、彼女は視界の端に寄せていた配信画面から、ピコンピコンと音が鳴っていることに気づく。


 :初見失礼。運がいい新人見つけたのでお邪魔しまーす

 :初見です!よろず屋のマスター発見!

 :おめでとう【1000円】

 :おめー【500円】

 :イケメン助かる【10000円】


「え? なんで急にコメントが?」


「ああ、ここの配信は外から見つかりにくいようでして……こうやってお客様が来られると閲覧できるみたいです」


「いやいや、なぜか私に課金されているんですけど!?」


「大丈夫です。その辺はこう、回り回ってくるので」


「ちょっと意味がわからないです……」


 彼女のような冒険者は運がいい。

 ダンジョンの中にあるという、神出鬼没の『よろず屋』。




「今後とも、ご贔屓に」


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