第8話

 エマの装備を整えた数日後、また店を休みにして冒険者ギルドへ向かった。


 ギルド内にある掲示板には、討伐や採取などの依頼が大量に貼りだされている。街の外の依頼と同じくらい、街に住む人達からの雑用依頼も存在する。探し物や、力仕事など、便利屋のようなものだ。


「エマはこの依頼なんかどう?」

「『ヨギ草の採取』ねぇ。簡単なの?」

「形とかは私が教えるし、森に入ったらどこでも生えてるから簡単だよ」

「じゃあこれにするわ! マリーはその間なにするの?」

「エマの護衛をしながら、遭遇した魔物を適当に狩ろうと思う」


 ゴブリンやボアといった森の浅瀬にでるような魔物は依頼を受けなくても討伐していいことになっているので、今日はそれでいいだろう。

 もう少し奥に入らないと遭遇しない魔物については基本的に依頼を受けてから討伐しないといけない。やむを得ず倒してしまった場合は、買い取り価格をかなり下げられるし、ペナルティが発生することもあるので面倒なのだ。

 そういう依頼はエマが森に慣れてから行こうと思っている。



 王都の西門から出ると、見渡す限り草原が広がっている。草原といっても雑草が生えた荒れ地という感じで、景観がいいわけではない。

 門から出て一時間ほど歩くと、森に到着した。


「冒険者の採取や討伐はここでやることが多いの。『恵の森』と呼ばれてる」

「へー、魔物が出るのにのんきな名前ねぇ。あっ! マヨ、イド、リー! 勝手に行かないで!」


 まれに街道にも魔物が出るので、森へ向かう途中から、シヴァと迷い鳥三匹に索敵をしてもらっていた。シヴァは散歩にしているようにしか見えなかったし、鳥三匹は喋り続けていてうるさかった。

 迷い鳥はもともと森の中がテリトリーなので、興奮がおさえきれなかったのだろうか。私達が森へ入る前から、勝手に森のほうへ飛んで行ってしまった。


「このまま野生に帰っちゃったりしてね」

「そんなこと言わないで……本当に戻ってこなかったらどうするの……」

「冗談だから泣かないで。彼らが野生でやっていけるわけないでしょ。すぐ戻ってくるってば」


 エマが落ち着いてから、二人で装備の確認をした。

 エマは短剣と小さな盾。いかにも冒険者という見た目だ。

 私は短いメイスを一本ずつ両手に持っている。太鼓の達人でもやるのかな? という見た目だ。

 実際、前世では趣味でドラムを叩いていたので、この二刀流スタイルに落ち着いたという経緯はある。



 森の浅瀬を歩くのはそこまでハードではない。冒険者が頻繁に通るものだから、自然と道もできているので、そこを外れないようにすれば、深刻な方向音痴でもない限り浅瀬で迷子になることはあまりないだろう。


「あったあった、これがヨギ草」

「シヴァ、この葉っぱの臭いを覚えなさい」

「ワン!」

「エマもちゃんと見てわかるようになってね」

「もちろん!」


 ヨギ草はヨモギのような見た目をしている。下級ポーション――軽度の傷を治す薬――を作るために必要なので、常に需要がある薬草だ。味はヨモギでもなんでもないので、パンにまぜたりはしない。


 その後も一時間ほどエマにレクチャーをしながら森歩きをしていたが、いっこうに魔物があらわれなかった。

 来てほしいときに来ない、来なくていいときに来るのが魔物である。


「棒占いでもしようかな」

「棒? 初めて聞いたわ」

「お店の中でやるようなものでもないしね……」


 やり方は簡単。

 まず、良い感じの棒を地面に垂直に立てます。

 手を離します。

 倒れた方向に進みましょう。

 すると……。


「あっ! 本当にいた!」


 棒が倒れたほうへ数分歩いていると、エマが小声で叫んだ。

 見てみると、イノシシがフゴフゴと言いながら地面を掘り起こしている。リトルボアだ。リトルと言っても大型犬くらいの大きさがある。


 私はすぐにメイスを二刀流で構えて、臨戦態勢に入る。

 エマは静かに後ろへ下がり避難した。シヴァもエマの後ろに下がった。召喚獣がそれでいいのか。というか、迷い鳥の連中はまだ帰ってこない。どこで何をしているのだろう?


「とりあえず私だけでやるから、見てて」

「わかった。死なないでね!」


 先手必勝。とは言わない。

 本来はそうなのだろうけど、私は弱いし怖がりだ。まずは相手の攻撃に当たらないこと。それを第一とする。


 軽くステップを踏みながらゆっくりとリトルボアに近づくと、相手もこちらに気づいたようで、うなりながら威嚇してくる。そして、まっすぐ突っ込んできた。

 スピードは速いものの軌道は読みやすいので、余裕でよける。

 相手は転進して、また私に突っ込んでくる。

 数回、避けたところで、タイミングを覚えた私は、次の段階へ進む。


「お願い、あいつの倒し方を教えて」


 そう呟きながらメイスを構える。もちろんリトルボアへのお願いではなく、メイスへのお願いだ。

 メイスを棒に見立てて、棒占いを使うというのが私の戦闘スタイルで、なんとなく、どこを、どういう角度で、どういうタイミングで攻撃すればよいのかわかるのだ。自分で判断するのではなく、棒に導かれるままに手を動かすという感じだろうか。


 またしてもまっすぐ突っ込んできたリトルボアに対して、メイスの導くままに腕を動かす。今回は頭というか脳のあたりを狙うようだ。

 ゴンッ! という音が鳴った。手ごたえ良し。場所、角度、タイミング、いずれも正解だったと棒が教えてくれる。

 さすがに一発で仕留めることはできなかったが、リトルボアは千鳥足になって、ふらふらしている。


「次!」


 目、鼻、耳、そしてまた頭! 一発で相手を叩き潰す力はないので数をうつ。

 相手の反撃を避けながら、まるでリズムゲームでもするかのように、二本のメイスを交互に当てていく。まさかドラムでつちかったリズム感や棒の振り方をイノシシを殺すために使うなんて……前世の私、ありがとう。


 ダメージが蓄積したのか、最終的にグシャリと頭蓋骨が割れる音がして、倒しきったことを確認。戦闘が終了した。


「マリーすごい! 強いのね!」

「強くないけど、これくらいはね……」

「メイス二刀流もかっこよかったわ」

「はは……本当は普通に剣の二刀流がよかったんだけどね……」


 剣だとどうしても棒と認識されないのか、棒占いが発動しなかったのである。できるだけ棒っぽく見えるレイピアやフェンシングの剣に似た針のようなものも試したがダメだった。泣く泣く、この蛮族スタイルに落ち着いたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る