第7話

 アンジェロさんから『冒険者として、せめて銀級になってほしい』と言われた次の日、店を休みにして、私とエマは二人で冒険者ギルドへやってきた。

 本当はエマに店番を頼んで私一人が冒険者として活動するつもりだったのだけれど、エマが「私も強くなりたい」と言いだしたので、どうせなら彼女の冒険者登録もしようということになった。


「見えて来た。あの石造りの大きい建物が冒険者ギルド本部だね」

「五階建てって、かなり大きいのねぇ」


 各地に冒険者ギルドが点在しており、本部はここ王都にある。敷地面積も広く、ぱっと見た感じ前世の小学校くらいはありそうな大きさだ。


 中に入ると、それなりに人はいるものの、混雑しているほどではない。朝一番はもう少し混雑しているらしいが、そこまでして良い依頼を探したいわけでもないので、その時間に利用したことはない。


 ちょうど知り合いのカタリナさんが受付にいたので、そこへ向かった。


「あら? あらあら。マリー久しぶりね」

「どうも、ごぶさたしてます。今後はもう少し定期的に依頼を受けようと思いまして」

「へー、何かあったの? そっちの子は初めて見るけど、その子が原因?」

「いえ、そういうわけではないです。ちょっと思う所があり……。あっ、この子はエマです。最近うちの店で働きはじめました」

「エマ・ドラグーンよ! ただのエマでいいわ」


 カタリナさんは濃い紫色の髪かきあげた後、かるくため息をついて、私をじろりと見た。


「マリー、どういうこと? ドラグーンって、あのドラグーン?」

「そういうことです。まあ、本人もこう言っていることですし、冒険者としては『ただのエマ』っていう扱いでいいですよ、特別扱いはなしで」


 カタリナさんは「はいはい」と諦めたようにエマの登録作業を進めた。


「ギルドカードを作るために血が一滴必要だから、こっちの皿の中に血をたらしてくれる? 針はこれ」


 カタリナさんから差し出された小皿の上で、エマは指を軽く刺して血を垂らした。

 この血から情報を読み取る魔法があり、本名も自動的にカードに登録されるので偽名は使えない。


 数分後、エマ用のカードができあがり受け取った。鉄色に鈍く輝くカードには名前と階級が印字されている。

 ドッグタグのようなサイズなので、冒険者はみんな基本的に首にかけている。


「で、エマは鉄級だけど、マリーは一つ上の銅級でしょ? 依頼は一緒に受けるの?」

「そうですね。パーティを組んで活動しようと思います」

「パーティ名は?」

「『転がる水晶』で」

「ふふっ、そのまんまじゃないの」


 そう、そのままである。

 というのも、うちの店の名前が『転がる水晶』なのだ。


 昨夜、パーティ名の話になり、エマと一緒にいろいろと案を出しあったのだが、なかなか決まらずに疲れ果てて、「もう店の名前をそのままでよくない?」という私の意見にエマが賛同してくれた次第である。

 ちなみに候補としてあがっていたのは、『コーヒー一杯鉄貨五枚』『迷い鳥の導き』『水晶の導き』『ふれあい広場』『マリーアンドエマ』『エマリー』『エマとゆかいな仲間たち』などなど……。


 とりあえず今日はパーティ登録をしただけでギルドでやることは終了。

 次は武器屋へ向かう。



「ドリイおじさん、ひさしぶり」

「おう、なんだマリーか。修理か?」

「いえ、私は点検だけ。こっちはエマっていうんだけど、この子に何か装備を見繕ってもらおうと思って」


 私が『ドリイ工房』という看板がかかげられた店に入ると、黒い髪とヒゲをもじゃもじゃ茂らせた筋肉ダルマが一人で店番をしていた。このドワーフのドリイさんは、私の父と仲が良かったので、昔からの知り合いだ。


「マリーのアレを点検するならあいつを呼ぶか……。おーいっ! トニーちょっとこっち来い!」


 ドリイさんは、店に展示されている武器が全部落ちるんじゃないかと思うくらいの大声を張り上げた。

 店の奥にある工房から、ドリイさんゆずりの黒いくせ毛をもさもさとゆらしながら背の高い青年が姿をあらわした。ドワーフと似ても似つかないひょろ長い体をしていて、ヒゲもない。


「なんだい父さん。あれ? マリーじゃないか」

「トニー、マリーがあのメイスを点検してほしいらしい」

「あぁ、アレか。たしかに僕の仕事だね」


 私は腰のベルトに差してあった自分の武器――メイスを二本外して、トニーに渡した。


「自分で作っておいてなんだけど、やっぱ変な武器だなぁ」

「他の人は使わないでしょうけど、私にとってはそれが一番いいの」


 私の武器はメイスといっても少し特殊で、長さ50㎝くらいの金属の棒の先端にトゲトゲがついており、鬼の金棒の縮小版といえるような形をしている。

 それを両手に一本ずつ持ち、二刀流で戦うのが私の戦闘スタイルである。私以外にこんな戦い方をしている人は見たことがない。


 トニーに頼んで、片手でも楽に振り回せるほどの重さに調整して作ってもらったので、他の人がメイスとして使うには物足りない長さと重さになっている。トニーが作ったものなので、この武器の修理や調整はドリイさんではなくトニーにいつも頼んでいる。


 トニーが奥で私の武器を調整している間、エマの武器を選ぶことにした。


「嬢ちゃんは、どんな武器を使うつもりだ?」

「エマよ。正直わからないわ。アタシは召喚士だから、召喚した魔物に戦ってもらうつもりなの」

「ふむ。特殊だな。今まで何かしら使ったことがある武器は?」

「ないわね!」


 エマ自身に戦闘力はゼロだ。まぁ、召喚獣たちにもあまり戦闘力が無いのだけれど。


「弓は訓練に時間がかかるし、お嬢ちゃんの腕力だとそれほど強い弓を使えそうもないしな……。無難に短剣と軽い盾でも持っとけばいいんじゃないか?」

「いざという時に少しでも攻撃や防御をできるようにって考えると、アタシもそれでいい気がするわ。マリーはどう思う?」

「そうね……いいと思う。エマはもしものときに少しでも抵抗できるように少しずつ訓練していきましょう」

「わかったわ!」


 ドリイさんに適当に見繕ってもらい、エマ用の剣と盾を購入した。嬉しそうにしているが、エマの身長が低いので、初めておもちゃの武器を買ってもらった子供に見えなくもない。

 

「はい、マリー。少し歪んでたから調整しておいたよ」

「ありがとうトニー」


 少し振ってみると、手になじんでいて重心などもまったく違和感がない。この武器は使い方も特殊なので、この違和感のなさというのがとても大切なのだ。


「さすがトニー。ここまで私に合わせた調整をできるのはあなただけだと思う」

「へへへ、そうかい。鍛冶の腕は全然ダメだけど、それくらいなら僕にも出来るさ」


 もじゃもじゃの頭をもじゃもじゃといじりながら、彼は笑った。

 自信がなさそうにしているけれど、彼の腕は一流だと私は思っている。どうしても身近に大ベテランのドワーフらしいドワーフがいるので、周りの人には評価されにくいらしい。


 私が毎度ほめているけれど、彼が自信を持つにはまだまだ時間が必要そうである。


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