第9話

『エマ ハッケン』『エマ ナニシテル』『エマ マイゴか?』

「あー! あんたたちどこ行ってたのよ。アタシじゃなくてあんなたちが迷子だったの!」


 リトルボアの解体など、戦闘の後処理をしていると、マヨ、イド、リーが騒ぎながら戻ってきた。

 赤、黄、緑の綺麗な羽は森の中でもよく目立つ。野生で生きていける要素ゼロだ。


「どこで何してたのよ」

『アッチで アソンデタ』『アソビ』『ゴブリンで アソビ』

「えぇ! ゴブリンがいたの?」

『イタ サンビキ』『サンビキ バカにシテ アソンダ』『サンバカ』

「何してるのよ! 三馬鹿はあなたたちのほうじゃない」


 マヨたちに先導してもらいゴブリンを探しに行くことにした。迷い鳥に案内されて森を歩くなんてゾッとするシチュエーションである。このまま遭難したり……しないと信じたい。


 数分歩くと、森の中の少し開けた場所にゴブリンたちがいるのを発見した。三匹とも、そばにある木をこん棒で殴りながら騒いでいる。気が立っているように見える。


『ギャッギャ』『ギャギャイ ギャギャ』『ギャーギャ ギャグア』

「ギャギャ! ギャグギャガア!」「ギャイ! ギャイ!」「ギャグルギャガ!」


 ゴブリンを発見したとたん、マヨたちはすぐに飛び出しゴブリンの上を飛びながら鳴きだした。あれはゴブリン語だろうか? 人間の言葉以外も真似できるとは、器用なものだ。


 言葉が通じているかのように、しばし鳴き声の応酬をしていたが、その間にゴブリンたちはどんどんヒートアップしていった。完全にブチギレている。迷い鳥たちはいったい何を言ったのか……。よほど汚い言葉でも連呼しているのだろうか。


 このままゴブリンたちが憤死するのを待つのもいいが、せっかくマヨたちが引きつけてくれているのだから、さっさと倒してしまおう。


 音を立てないように気をつけてゴブリンの後ろに回り込む。メイスに祈り、棒占いを発動させながら、一振り。当たり所が良かったようで、一匹はそのまま倒れ込み沈黙した。

 さすがにこの時点で気づかれたが、怒り狂った彼らは連携もなしにこん棒を振り回して殴りかかってくる。タイミングを読み、冷静にパリィして、まずは手前にいるやつのアゴにヒット。脳がゆれたのか、そのまま気絶した。こいつは一旦放置。

 最後の一匹もさくっと撲殺し、一旦戦闘終了だ。


「エマ! ちょうどいいから、試しにこの気絶してるやつが目覚めたら相手してみない?」

「アタシ!? ムリムリムリ」

「あなたが戦わなくていいから。召喚獣たちをうまく使って、倒せるか試してみて」

「あー……あぁ。でも、できるかなぁ」


 初めて会った日に彼女から聞いた『家でも落ちこぼれだったし、いつも馬鹿にされてたし……』というセリフを思い出す。

 最近になってようやく彼女から聞き出したところによると、エマの生家であるドラグーン家の人間は、代々、召喚士としての才能に恵まれているらしい。

 初代様はドラゴンを召喚して敵国を迎えうったのだという。それ以降、ドラゴンを召喚する者はあらわれていないものの、ワイバーン、サイクロプス、ジャイアントタートルなど、ランクでいうと金級以上の魔物を召喚した記録がある。

 エマには兄と姉がおり、その人たちもやはり強い魔物を召喚したため、どちらかというとかわいい系の魔物しか召喚できないエマは自信を失ってしまったようだ。


 魔物たちと楽しそうに話している最中に、ときどきふとエマが悲しそうな顔をすることがある。彼女には、是非とも自信を取り戻してほしいと思っている。


「今までの戦闘を見てたらわかると思うけど、私にとってゴブリン一匹くらいどうとでもなるんだから、危なくなったらすぐに助けるから。やってみない?」

「助けてくれるのね……」


 エマはしゃがみこみ、両手でシヴァのほっぺたをわしゃわしゃとなでた。「いける?」と小声で聞いた。シヴァは「ワン!」と鳴いた。


「よし……よし! やる! アタシやるわ」


 よし。彼女もやる気になったようだ。

 エマは直接戦うわけではないので、ゴブリンから少し距離をとった。シヴァがゴブリンに近づき、マヨ、イド、リーは近くの木にとまって『ヤルノカ』『ヤル』『ナニヲ?』と鳴いている。準備万端のようだ。


 私は、気絶中のゴブリンの頭をメイスで軽く叩いた。ゴブリンが「ギャ?」と起き出したのを確認した私は、エマより後ろに下がった。


 ゴブリンが近くにいるシヴァに気づいて、少しひるんだが、「ギャア!」と叫んでこん棒を振りおろした。シヴァはうまくこん棒を避け、そのままステップを踏んでゴブリンの腕に噛みついた。

 ゴブリンは痛がり、こん棒を取り落としたが、そのまま反対の腕でシヴァを殴った。シヴァはキャンと鳴いて離れてしまった。


「シヴァ! マヨ、イド、リー! ゴブリンを挑発して!」

『ギャッグッグ』『ギャーイ ギャッギギ』『アホ ギャギャ』


 シヴァに追い打ちをかけようとしていたゴブリンは一瞬棒立ちになったあと、木の上の迷い鳥を見つけ、ギャイギャイと叫びはじめた。シヴァのことなどすっかり忘れたように背を向けている。

 迷い鳥たちはタンクとして優秀なようだ。


 その後、マヨたちが気をひき、シヴァが攻撃するというパターンを繰り返していたものの、なかなか倒しきることができない。ここはエマにとどめをさしてもらうべきかと私が考えていると、ゴブリンが急にひざをついて、痙攣しだした。

 最後は倒れ込んだゴブリンの喉をシヴァが嚙み切り、やっと倒すことができたようだ。


「やった……勝てた! 勝てたよ、みんな、マリー、ありがとう」


 エマはシヴァに抱き着いて泣いている。マヨたちもそれを祝福するかのように彼女のまわりをぐるぐると飛んでいる。喋らなければ美しい鳥だ。

 その時、突然、シヴァのもふもふとした首あたりから白い紐のようなものが垂れ下がった。その紐はエマの腕にまきついて彼女の顔まで登っていった。


「パールもありがとう。毒魔法がちゃんと効いたのね」


 なるほど。いつのまに召喚していたのかはわからなかったが、パールはシヴァの首に巻き付いてずっと一緒に戦っていたのだ。

 パールの毒魔法は効果範囲が狭いため、かなり敵に近づく必要がある。パールだけで近づくのは難しいかもしれないけれど、シヴァと一緒ならそれも可能ということか。


「おめでとう、エマ。いいパーティじゃない。工夫しだいで、もっと強くなれるよ」

「マリー……本当? アタシ、家にいた時も訓練していたんだけど、全然勝てなくて。今日が初めてなの、魔物を倒したのは」

「そうなの? その頃から召喚獣たちが特別つよくなったわけじゃないんだよね?」

「うん。何も変わらないけど。なんでだろう?」

「さぁ……本当に気の持ちようだけだったんじゃない? エマは強い。シヴァたちも強い。そう信じましょう」

「そうね! アタシは強いのよ!」

『オレ ツヨイ』『チョウシに ノルナ』『ツギハ マリー タオス』

「ちょっと、あんたたち何言ってるの! マリーごめん、ちゃんとしつけておくから、クビにしないで……」

「クビにはしないってば。マヨたちもふくめてパーティだよ」


 こうして、パーティ『転がる水晶』の活動が始まったのであった。

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