第3話

 暇だ。お客さんが来ない。


 いつも開店直後に一人か二人くらいが来て、その後すぐ暇になる。

 一応軽食も出しているので、昼には少しにぎわうが、その後また暇になる。


 この店は、もともと冒険者だった父が半分趣味で始めたのだけれど、五年前に父が冒険者ギルドの依頼中に死んでしまい、それからは私が店を引き継いでいる。

 ちなみに母はもっと前に死んでいる。私が前世の記憶を取り戻した10歳のころにはすでに母がいなかったので、悲しいといった気持ちはあまりない。


 父は時々、店を閉めて、冒険者として仕事をし、カフェの営業だけでは足りないお金を稼いでいた。そのころからこの店の経営はかつかつなのだ。


 幸い、最近は私の占いで少しは稼げているので、まだ店が潰れることはなさそうである。

 占いで得られるお金も、この店を利用する冒険者や近所のお姉様方からの収入だけだと焼石に水なのだけれど、例外的な太客が一人いて、その人からの収入がかなり大きい。


 その太客――エドさんは、一応庶民っぽい恰好をしているが、隠しきれない気品が顔や所作からただよっている妙なおじいさんだ。身分は知らないが上級貴族なのではないかと私は勝手に疑っている。

 正体は知らないし、知りたくない。たぶん国の中枢に近い人だと思う。たまに来たと思ったら、政治的な話を少しして、「この後どうなるか占ってくれ」とか言ってくるし……。


 さすがにそんなあからさまな厄ネタを占いたくないと拒否したら、目の前にどんどん金貨をつんでいくというパワープレイな交渉をし始めたものだから、最終的にこっちが折れた。金貨10枚で占うことにした。

 最近来ていないけど、二度と来ないでほしい。いや、でも報酬は魅力的なんだよなぁ……。


 まぁ、そんな不確かな報酬に頼ってばかりいないで現実を見ることにしよう。

 なぜ客が来ないのか? この店には何が足りないのか。


 看板娘が必要だろうか。

 ……なんだ? 私の容姿が悪いっていうのか? と思わず自己嫌悪しそうになる。


 正直に言うと、可もなく不可もなくだと思っている。一応、整った顔はしている気がする。

 前世の見た目に引っ張られたのか、この世界でも私は黒髪黒目だった。髪や目が黒というのは特別珍しくはないのだが、金色や茶色に始まり、赤や青なんて人もいる世界なので、我ながら地味だなとは思っている。

 前世でこの見た目なら確実にモテていただろうに……。

 

 新しく可愛い女の子を雇ってもいいが、見た目だけで雇うほど経営に余裕があるわけではないし、保留ということにしておこう。


 他の案としては、ぶなんに新しいメニューでも考えるべきだろう。

 かといって、前世では全然料理なんてしなかったからなぁ……。

 父から受け継いだメニューくらいしか作れないのだ。

 その中のどれかを少し改良するくらいが現実的なところだろう。

 現時点のメニューとしては、紅茶、コーヒー、パン(固い)、ボアサンド(ボアというイノシシのような魔物の肉をはさんだパン。肉もパンも固い)、肉と野菜のスープ、以上。


 この店、大丈夫か?


 紅茶やコーヒーにあうものを作りたいのだけど、なにせ砂糖は高いのだ。手が出ない。

 次にアンジェロさんが来た時、甘い果実か何かを生成できないか聞いてみよう。対価に何を要求されるのか不安だけど。


 甘いものについても保留ということで、他の軽食について考えることにしよう。

 いや、料理が出来ない私が考えたところでどうにもならないか。

 こんなときこそ占いである。


 水晶玉に手をかざして「うちの店の新メニューを教えて。既存メニューの改良でもよし」とつぶやく。

 水晶の中に少しずつ何かが見えてくる。


「白ヘビと……まんじゅう? ちがうな、まんじゅうみたいなカエルか……」


 真珠のようにきらめく白ヘビ。そして、前世でいうところのフクラガエルがうつっていた。

 いや、さすがにヘビとカエルを食材にするのはちょっと……。

 確かにヘビもカエルも食べられるけれども。


「ん? ほかにも何かうつってる。これは……お肉だな。二匹が肉を見つめている、のかな?」


 肉を見つめるヘビとカエルか……意味がわからない……水晶玉がバグった?


 少し落ち着くために、いったん自分用のコーヒーをいれることにした。

 店内にはコーヒーの香りがただよい、その匂いをかぐだけで精神が落ち着いてくるのを感じた。


 コーヒーを飲みながら窓の外を眺める。人影はない。

 このあたりは王都の中でも収入が低めの人々がすむ区域である。たくさんの人が住んでいるものの、この店は大通りから離れた人通りの少ない道沿いにある。立地が悪い。

 

 コーヒーを飲み終えて、一息つき、ふたたび水晶玉に手をかざして占い魔法を発動する。


「お、今度は人がうつった」


 水晶の中には、金髪碧眼の女の子がいた。

 15歳くらいに見える。背は低めだが、顔は大人びてキリっとしている。かなり整った顔だちだ。

 しばし記憶を探ってみたものの、私の知らない人だと思う。

 その女の子が偉そうに腕を組んでいる。腕組みが似合う女の子だ。

 女の子の前にはテーブルがあり、テーブルの上では、さきほどの白ヘビとカエルが肉をみつめている。


「結局、君たちもいるのね……」


 いったい、この二匹にどんな意味があるのだろうか。

 そして、この後方腕組みお嬢さんは誰なのだろう。



 占い結果をさっぱり理解できないまま、この日は一日すごした。

 業務が終わって閉店作業をしていると、カランコロンとドアベルが鳴った。


「すみません、もう今日は閉店しちゃいまして――」


 閉店のふだは出していたのにな、と思いながらドアのほうを見ると、そこには、なんとなく見たことがあるような顔をした女の子が立っていた。


 ……水晶玉にうつっていた女の子だ!


 あの占いはバグではなく、意味があったらしい。

 しかし、女の子は一人でたたずんでおり、白ヘビやカエルはいない。

 やはりあの二匹は誤情報だったのかしら、なんて考えていると、いきなり女の子の目からポロポロと涙が流れ始めた。


「お金が……お金がなくてぇ……でも、お腹が空いててぇ……」


 どうやらわけありのようだ。さすがにこの状況で「金がないなら帰れ」と言えるほど私は鬼畜じゃない。


「とりあえずこっち来て、座って。今日はお金いらないから」


 彼女の手をひっぱってカウンターに無理やり座らせた後、私はパンとスープを用意しながら、さてどうしたものかと考え始めた。



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