第4話
「ごちそうさま! なんというか……庶民の味だけど、すごくおいしかったわ」
お腹が満たされて元気になったせいか、泣き虫よわよわお嬢ちゃんから、強気なお嬢さんに変化した。もともとこういう感じの子なのだろう。
「それで、あなたの名前を教えてくれる? 私はマリー。この店の店主をしてる」
「アタシはエマ・ドラグーン。このフラウス王国の南を守護するドラグーン辺境伯の娘よ」
「おっと、貴族様でしたか。これは大変失礼しました――」
「ちょっと待って! あなたは命の恩人よ、どうか普通に話してちょうだい。おねがい」
エマはまた泣きそうな顔をしている。強気なのは表面だけで、実は繊細なのかもしれない。まぁ少し偉そうだけど、悪い子ではないのだろう。
それにしてもまた厄ネタか……お偉いさんはエドさん一人で十分なのだけど。
「あー、じゃあ普通に話させてもらうけど、エマさんはなんでこんなところへ来たの?」
「エマ。呼び捨てでいいわ」
「……エマは、なんでここに? 南の辺境伯領からここまでずいぶん距離があると思うのだけど」
「家出してきたの! ちゃんと書き置きはしてきたから大丈夫ね」
全然大丈夫じゃなさそうね。
「ここまでの路銀と宿代と食費でお金が全部なくなっちゃったの。それで、昨日から何も食べてなくて……ふらふら歩いていたら、このお店からいい匂いがしてついつい入っちゃった」
お金が全部なくなっちゃったか。
「ただの平民の家出とはわけが違うでしょう。今頃、親御さんは必死に探してるんじゃ……」
「それは、ない、と思う。家でも落ちこぼれだったし、いつも馬鹿にされてたし……」
「あぁ、泣かないで」
これは相当弱ってるな。それはそうだろう、貴族が何の当てもなく一人で旅をして、ついにはお金もなくなってしまったのだから。
「お願い! 皿洗いでも用心棒でも、なんでもするからここで雇ってくれないかしら」
「うーん……」
見た目はかなり美少女だから看板娘にはなるだろうけど、それだけで貴族の家出娘を抱え込むのはちょっとなぁ。
皿洗いといっても、そもそも洗い物がたまるほどの客も来ないし。
ただ、女一人でやっていると何かとめんどくさい客のあしらいが大変なので、用心棒をやってくれるなら確かに助かるかもしれない。
「用心棒って、エマは腕に自信があるの? さっき自分で落ちこぼれだって言ってたけど」
「そ、それは! ぐぬぬ……実は戦闘は苦手。だけど、アタシは召喚士だから魔物を召喚できるわ! 番犬だっているわよ!」
召喚士ときたか。確か、契約が成立した魔物を召喚できると聞いたことがあるけれど、召喚士の存在自体かなり珍しいので、実際にどんな魔物が呼べるのかまでは知らなかった。
「いまここで召喚できるの?」
「まかせて。サモン・シヴァ!」
エマは椅子からおりた後、勢いよく右手を突き上げて詠唱した。
床に魔法陣が浮かび上がり、あたりが光に包まれた。
「うっ、まぶしっ」
私が目を開けると、そこには白い犬がいた。
このキリっとしつつも少しとぼけた感じの顔は……。
「白柴だ! かわいい~」
そう、白い柴犬である。
思わず魔物であることを忘れてわしゃわしゃとなでまわしてしまった。
白柴はなでられるのが好きなのか気持ちよさそうな顔をしてなすがままになっている。
初対面の私にこれだけ気を許してくれる時点で番犬にはならなさそうだなと理解した。
「ふふん、かわいいでしょう。小さいころはフェンリルの子犬だと思って育ててたんだけどね……どうやら違ったようね。かつて破壊の限りを尽くしたと言われる伝説のフェンリル『シヴァ』にあやかって名付けたけど、この子に戦闘力は皆無よ!」
「なんでそんなに偉そうなの? 番犬にならないってことね?」
「見た目だけで相手がビビるかもしれないじゃない!」
「いや、かわいすぎて無理でしょうね。場は和むかもしれないけど」
とりあえずシヴァがいるだけでも猫カフェならぬ魔物カフェとしてやっていける気がしてきた。
「他にどんな魔物を召喚できるの?」
「おしゃべりなオウムと、白くて綺麗なヘビと、丸くてかわいいカエルと――」
「強そうなのはいないのね。って、ちょっと待って、ヘビとカエル? ちょっとその二匹を召喚してもらえる?」
「わかったわ。サモン・パール! サモン・マルマル!」
今度はテーブルの上に二つの小さな魔法陣が浮かび上がった。
光の中から出てきたのは、まさに占いで見た白いヘビとまんじゅうみたいに丸いカエルだった。
どちらも小さくて、とても戦闘向きではなさそうに見える。
とりあえず占いで見た光景を再現するために、ボアの肉を持ってきて二匹の前に置いてみた。
食べていいの? と言わんばかりに私と肉を交互にちらちら見ている。かわいい。
「食べていいの!?」
「いや、あなたのために用意したんじゃないの、エマ」
「じゃあなんで持ってきたのよ」
「うーん、なんでだろう。この子達って、まさか料理が得意だったりする?」
「そんなわけないでしょ」
白ヘビの名前はパール。アサシンスネークという魔物らしい。
本来は黒色で影に潜って獲物に近づき、毒魔法で相手をじっくり弱らせてから殺すという恐ろしい魔物なのだが、このパールはアルビノのため色が白く、影に潜ることもできない。
一応毒魔法を使えるけれど、魔法の射程距離が短いため、相手にかなり近づかないといけない。しかし動きが遅いため、近づく前に見つかり対処されるので戦闘は苦手とのこと。
丸いカエルの名前はマルマル。鶏の卵と同じくらいの大きさと形で、手足が短い。
ソフトフロッグという魔物で、足も遅いし防御力もないし、攻撃手段もないので絶滅しかけているらしい。
唯一できることが解毒魔法である。このソフトフロッグという魔物はアサシンスネークの大好物であり、あまりに狙われるので、彼らの毒魔法に対抗するための解毒魔法を手に入れたと言われている。
まぁ、解毒できたところで結局足が遅いので食べられてしまうらしいのだが……。
「あっ、だめパール!」
我慢しきれなかったのか、どうやらパールが毒魔法を発動してしまったようだ。召喚士なのに魔物が暴走しているのは大丈夫なのかな……。
「肉がダメになっちゃったね」
「ごめんなさい……あっ、でもマルマルに解毒魔法をかけてもらえばいいんじゃない? マルマル、やりなさい!」
今度はマルマルが魔法を使った。
ここに来て、ようやく目の前の光景と水晶玉の中の光景が一致した。
白ヘビとカエルが肉を見つめている。そして、その後ろには腕を組んだ金髪碧眼の女の子がいる。
つまり、これが新メニューへの正しい道ということなのだろうか?
「解毒できたわ!」
「うーん……。これ食べられるの? 私こわいんだけど」
「じゃあアタシが食べていい!?」
マルマルに解毒してもらった肉を焼いて、簡単に味付けし、パンにはさんだ。
「はい、ボアサンドのできあがり。本当に食べるの?」
「ありがとう! もちろん食べるわ」
エマは、なんのためらいもなくボアサンドにかぶりついた。本当に貴族なのか怪しくなってきたけれど、かぶりつく所作一つ取っても、この店に来る平民の人達とはどこか違い、上品さがうかがい知れるので、そこはさすがと言わざるをえないかもしれない。
「おいしい! パンは固いけど、お肉はとても柔らかいわ。こんなに柔らかいお肉は辺境伯家でもなかなか食べられないわよ。自信を持っていいと思う!」
柔らかい? そんなわけない。ボアの肉は、冒険者の男の人達でも固いと愚痴りながら食べるようなものなのに。
とにかく、目の前でおいしそうにもぐもぐしているエマの様子を見る限り、毒は問題なさそうだ。
勇気を出して、私も一口いただくことに。
「うそ……とんでもなく柔らかくなってるし、なんなら臭みも消えてるんだけど」
「でしょう? マルマルのおかげじゃないかしら?」
「解毒の? 臭みが消えた理由はそれのおかげかもしれないけど、柔らかくなった理由は?」
「それはパールのおかげじゃない? パールの毒魔法を受けた魔物は動きが鈍くなって、防御力が落ちるの」
毒魔法の仕組みは知らないが、確かにヘビ毒の中にはタンパク質を分解するものがあると聞いたことがある。それのおかげだと考えればつじつまは合うのかもしれない。
「これはすごい。是非うちの新メニューとして売り出していきたいね」
「え、じゃあ、アタシをここで雇ってくれるってことよね! ね?」
「えぇ、これからよろしく」
幸い店の二階は私が住んでいる部屋以外にも空き部屋があるので、エマには今後そこに住み込みで働いてもらうことにした。
看板娘と、かわいい魔物と、新メニューが今後この店にどういう影響をもたらしてくれるのか楽しみだ。
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