第7話 ひとつの物語の終わり【ピリオド】はここに

 あと21秒いや、もうあと少しで加護が喪失するという状況に、アレクは冷静さをかいていた。


「不味い、というかどうなるんだこれは……っ!」


 淡々と時間は進む。人はこういう時、何故か対策を考えるのではなく受け入れようとしてしまうのは何故だろうか。

 12、11、10……6、5、4、3、2、1、……0。


 そして失効の時間が訪れた。次の瞬間、アレクの視界が…物の見事に…バグった。


「な、何だよコレはァ?!……な、なんだよ、何だよっ!?!」


 先程まで自分がいた店の看板……アンガル武具屋と読めていたはずのそれが、今は███████となっている。読めないんじゃない、のだ。

 それを文字だと、認識しようとしても頭の中で何故か真っ黒に塗り潰されてしまう。


 それだけじゃない、そこから出てきたお客さんのが分からない。

 いや、何かを喋って居ることだけはわかる。だが聞き取れない。認識出来ない。

 ──


 アレクは当初、加護が失効すると言われても大して危機的状況だと思っていなかった。

 まあ何とかなるだろう、と考えてのんびりとしようとしてしていたのだ。焦ってはいたが。


 だがいざ加護が喪失した状況を見て、自分の甘さを悔いた。

 ───だが終わらない。


「な、何っ?!今度は……色、それに……人が認識……出来な……く?」


 まず初めに、世界からだけが喪失する。その瞬間アレクがみていた世界は白と黒だけの殺風景なキャンバスに変質してしまった。

 そして次に、そのキャンバスにしるされていた人々の姿が、真っ黒に塗りつぶされてしまう。


 アレクの今の視界の中には、黒く塗りつぶされた何か……が、無機質な白黒モノクロの世界を蠢いている。

 そんな悲しい世界だった。


 そこに人は居なくて──

 そこに景色は無くて──

 そこには夢は無くて──


 ただ、自分だけが何か違う世界に来てしまっただけの、そんな哀れな愚衆に過ぎないことにいやでも気付かされてしまった。


 俺はその瞬間に、理解した。自分たちはあくまでもであることを。遺物として世界から排されるはずのものに、加護がある事でかろうじて存在を許されているだけの存在なのだと──


 そう、識った。


 途端に体が震えてしまう。、どうしたらこの気持ちの悪い悪趣味な世界を見なくて済むのか。

 ──俺は縋った、祈った、助けを乞うた。


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


『 何ですか?私に話しかけてくるとは、さぞお辛いのでしょう?』


 ──お前は誰だ。


『 私は世界ワールド。この世界を創り上げた神様の一人です』


 ──なぜ俺から世界を奪った?


『 不思議な事をお聞きしますね。哀れな仔羊よ。──答えは単純、あなたには役目が無い。だから邪魔だったので加護を打ち切っただけです』


 ──役目が無い?加護を打ち切った?なぜ俺だけそんな仕打ちを?


『 だから言っているじゃないですか。邪魔だったと』


 ──何が邪魔だったと?……俺は何も人の邪魔をしてなど居ないはずだ。


『 いや邪魔なんですよ。この世界は君が主役じゃないんですから、モブはモブらしくしていて下さいよ』


 ──誰が主役だと?俺はモブじゃない。


『 モブですよ、あなたは。君は残念ながら私達から加護を授けるに至らなかった。ギフトも余ったものをただ押し付けただけなんですよ』


 ──余り物……?


『 はい、邪魔な奴に余った、異世界物語をやるにあたって面白くならなさそうな要素だったものを纏めて押し付けて見ただけです。まあどうせすぐに死ぬだろう、私はそう思ったのですが』


 ──ふざけるなよ、面白くならなさそうってのはお前の主観だろうが。


『 は?神様の主観は絶対ですが?──まあ良いでしょう、今の失言を赦します。私は優しいので。──あなたは案外しぶとかったんですよ。せっかくさっさと死ねるように伝説級のウェアウルフを押し付けたというのに……あれを倒して──それだけじゃなくて、伝説級のギガマンティスを倒して───はぁ、全く余計な事を』


 ──お前たちのせいだったのか、あいつらは!!


『 まあこれ以上活躍させると、主役を彼らから奪い取ってしまいかねません。なのであなたに付与していた全ての加護を打ち切り、そのうえであなたをこれから魔物の巣窟に吹き飛ばします。まあそこでそこの魔物の養分にでもなっていてください。あ、今のはオフレコでしたか』


 ──お前、ふざけるなよ?なんで人の活躍のために俺は全てを奪われなきゃならないんだ!?応えろ!


『 あ?お前生意気すぎるぞ?……あのね、この世界には主役になるべき素晴らしい人達が居るの。それを君は。全くギフトだけは取り消せないのがめんどくさいんだよねぇこの世界。──まあそういう事で君は大人しく死にな?あ、もし怖いって言うなら視界ぐらい失わせてあげるよ。──うーん、案外そっちの方が幸せかもね。じゃ!そうしよっと!!』


 途端、俺の視界から全てが消えた。音だけの世界が広がっている。

 ──子供の頃にトイレに行く時に暗闇が怖かったのをふと俺は思い出した。


『 じゃあ君と話すのは多分これで最後かな?感謝してよね?私と話できるなんて君は貴重な経験をしたんだから!──あ、ちなみ。そこんとこ噛み締めて最期の人生の瞬間を必死に生きてね。まあ足掻いてみたら案外何とかなるかもね〜(まあ120%無いけどね)。ということで、じゃーねー!……良い旅を!』


 ──待てお前、神様だろうが!?……悲しんでる、苦しんでる人々を救うのが役割じゃねぇのか!!


『 ちっ、うっさいなぁ。──はいはい、好きに言ってどうぞー。君はもうすぐたっくさんの魔物に襲われて、そのよく分からないギフトの残機を簡単に削られて死んじゃうんだから!……じゃあね、!!来世はないから、最期を楽しんでね!ばいばーい』


 その瞬間、俺の体は何処かに投げ出された。


 ◇◇◇◇◇



 何も見えない。ただ、


 ──ぐちゃ、ぐちゃっという魔物の近づいてくる足音。


 ──ギュルルルという魔物の腹の音。


 ──ずるずると何かが這ってくる嫌な音。


 ──嘲笑うような魔物の鳴き声。


 視界が何も見えないから、逆に耳が良くなってしまっているのだろうか。

 まあそんなことはどうだって良いか。


 ──俺はこいつらに、姿かたちも見えないこいつらに襲われて死ぬ。

 だが簡単には死ねないだろうな。なんせ──99のだから。


「───ぐっ!」


 突然俺の体を強烈な浮遊感が襲う。そして泥だらけの地面に俺は激突したのだろう。体に衝撃が走る。


【HP100】→【HP99】


 どうやらあの神様は、人の死を嘲笑うのが趣味なようだ。さっきまで無かった自分の残りHPをわざわざ表示してくれやがっている。


 ──これで自分の死が近づくのを震えて怖がれと。


 また、なにかの攻撃をくらったのだろう。腕に衝撃が走る。同時に慣れたタマヒュンの感覚がゾッとするほどリアルに俺を襲う。


【HP99】→【HP98】……【88】


 どうやら立て続けに攻撃を受けたのだろうか。突然さらに10程命の残量が消えた。


 ……っ……不味い。


 俺は真っ暗闇の中、必死に逃げようと立ち上がって走り出す。目的地も分からないまま、それでも必死に死から逃れようと。


【HP88】→【HP87】


 ──まだ焦るな。時間はあるはずだ、あと86回受けなければ死ぬことは……。


『 神様からのボーナスです。ついでに50ダメージ!』


 ───は?


【HP87】→【HP37】


 いや待て、神様。お前、ふ……。


「ふざけるんじゃねぇぞ!?!クソ野郎がァ!!!!!」


 だが世界は何も答えてなどくれない。

 それどころか、魔物たちが嘲笑う声すら聞こえてくる。

 不味い、心臓がどくどく言っている。死が急速に近づく感覚が嫌なほど体を震わせる。


『 面白いから、追加で10ダメージ』


 続けざまに俺の体になにかのダメージが入る。そして俺のHP命の灯火がごっそりと消えていくのがわかった。


【HP27】


 俺の視線の中、その数字が煌々と輝いている。


『 もっと攻撃しちゃって〜魔物たち〜!!』


 神様の煽る声が聞こえた。そして再び俺は魔物に襲われる。

 視界が見えないから、戦うこともままならない。


「クソ、クソ、クソッタレがよぉぉぉぉぉお!!!!」


 俺の命の灯火がどんどんと削られて行く。


【26】【25】【24】【23】【22】……


 それに合わせてアレクの心拍は異常な程に早まっていく。落ち着くことなんて不可能。

 アレクはただ、地獄のような時間を必死に過ごしていた。


 あと残りHPは僅か【4】


 急速に近づく死の気配。その死神の鎌は確実に首元を捉えていた。

 まだ死にたくない!そんな言葉が気がつくと俺の口から漏れ出ていた。


『 ──ふーん、HP。ほいっとな〜はい、あと【50】追加〜だけど足と手貰ってくね』


 ──は?


 急速にHPが回復される。しかし同時に俺の腕と足が動かなくなる。

 鉛のような腕、麻酔を受けたようにビクともしない足。


 俺は這って逃げ出すことも出来ないまま、暗闇の中で音だけを聞かされた。


【HP21】


 気がつくとHPは既に回復されたぶんの半分を下回った。

 しかし次の瞬間──、


『 んーじゃあ再び80まで回復させちゃおっと!……まあ私が飽きるまで遊ばして貰うよ〜』


【HP21】→【HP80】


 ……俺は地獄にでも居るのだろうか?

 ふと気がつくと俺は遊ばれていた。


 体の感覚として残っているのは、身体だけ。ふわりとする感覚や、何かに噛み付かれた感覚……そして殴られる感覚が何度も何度も俺を襲う。


 もう途中からHPの変動は見ないようにしていた。なぜなら見ていると、すぐに回復されて、かと思うと次の瞬間には途方もなく数を減らされて。


 生殺与奪の権利を神様に握られた俺は、死ぬことも無く、無理やりずっと生き続けさせられてしまっていた。


 ──もう、殺してくれよ。


 いつからかそんな声が溢れてしまった。何度も死と生の狭間を反復横跳びさせられた俺は、既に疲れていた。

 ──昔、保育園の先生が言っていた"命で遊ぶな"という言葉の意味を、俺は嫌という程理解してしまっていた。


【21】→【100】→【56】→【11】→【69】→【45】→【80】→【1】→【25】→【46】→【1】→【2】→【3】→【1】→【2】→【1】……………………。


 そしてついに──終わりが来た。


『 はぁ〜あ。玩具で遊ぶのももう飽きたなぁ、うん。じゃあ片付けないとね。──、じゃあさよなら〜また来世!は無いんだっけ?まあいっか。さよなら〜〜〜〜!!』


【1】→【0】


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


『 システムメッセージ』

【アレク・ロードのHPがゼロになりました。HPがゼロになったため、アレク・ロードの人生を終了します。長い旅、お疲れ様でした。なおアレク・ロードの魂はこの後破却され、消去されます。

 お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております────】


 ──そうかよ。……ふざけた末路だよ、本当に。


【──そうだね】


『 ?アレク・ロードのデータを消去、消去……し、よ、う、き、ょ……不可。何者かの干渉により、データを消すことが不可能』


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 俺は終わりの間際にしった。

 捨てる神あれば、ということを。




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