第20話 駅からTOHOシネマまでの道なんとかしてよ
わたしの1番嫌いな道は新宿駅からTOHOシネマに行くまでの道。
うるさい居酒屋とよく分からない店が両サイドに挟まった道。
本当にこの道はどうにかして欲しい。
何故なら、女ってだけでクソ男から100%超えて120%の確率で声をかけられるからだ。
私は下を向いて早歩きで歩いた。
下を向いた分、タバコの吸い殻とよく分かんないゴミが視界に入るけど全然マシ。
早く冬馬のところに行かなきゃ。
『え、お姉さん可愛い!今在籍どこ?LINEだけでもいいからさ!』
『君良いね、君くらいのスペックだと時給2はでるかもなんだけど興味ある?』
『お、お姉さんホストどーっすかー!初回三千円…いやタダでいい!』
『おねぇさん!俺ナンパ師なんだけど…』
うるせぇ、うるせぇ、死ね!
何でお前らは私より立場が上の前提で話しかけてくるんだよ。
死ね!
仲良く夜職底辺だろ。しかも一部に限っては違法に稼いでる。お前らの方が下だからな!しね!
あからさまに話しかけるなオーラ出してるだろ。勝手に見定めてベラベラ話しかけてくんじゃねーよ死ね。
私は舌打ちをしながらTOHOシネマに向かった。さっきの奥さんのこともあったからか、私は機嫌が最高潮に悪くなっていた。
3分ほど早歩きを続けTOHOシネマの前に着いた。
映画館の前だからって治安が良くなるわけでもない。だってここは新宿の歌舞伎町だ。
客引き、地雷、汚いおっさん、小綺麗なおばさん、大学生、外国人、整形顔女。
あぁ本当に多様性ってこういうことなんだな。私は少し感心してしまった。
辺りを見渡しても冬馬のことは見つけられなかった。
TOHOシネマの外にあるエスカレーター前で冬馬にLINEを送ろうと鞄からスマホを取り出そうとした時、
「おねぇさん映画?見終わったらお茶とかどう?」とクソ男から声をかけられた。
あぁ…これはスカウトだ。
「話しかけないでください」と私はスマホをいじりながら答えた。
『着いたよ』と打ち込み、送信ボタンを押そうとした時、スマホが目の前から消えた。
私は思わず顔を上げた。目の前にはクソ男がいた。
ガチャァンと音がし、私のスマホは5メートル先に吹き飛ばされた。
「話聞けよブス。」
と男は言った。
私は持っていたカバンで男を殴ろうとした時、何者かに後ろから肩を優しく触られた。
「だれ…」
振り返るとスーツ姿の冬馬がいた。
冬馬は無理矢理口角を上げたようにして笑っていた。
「はは…すみませーん。僕の彼女のこと虐めないでくださーい」と冬馬は言って私の手を引っ張った。
「と、冬馬ごめん。ありがとう…」
「別に良いんだ。」
と冬馬は素っ気なく言って、私の手を離さなかった。
そしてTOHOシネマを抜けて、どんどん暗い道…ホテル街に進んで行った。
「え!まって!映画は!?」
「馬鹿。映画を見るためにここに呼んだんじゃない」
冬馬の顔は真顔だった。普段ニコニコしている冬馬があんな顔するってことは相当怒っている。
前回キスだけで射精したポンコツとは思えない。
客観的に見るとDV彼氏とその彼女…。いやホストと爆弾した姫かな。
冬馬にTOHOシネマから手を引っ張られて10分。さっきの街の明かりや騒々しさはもうない。
「待って…ここ」
「しっ…気づかれる」と言って冬馬は私の口を押さえた。
気づかれるって誰に…。
冬馬…ここ場所どこか分かってるの?
あり得ないでしょ。
やめてよ。何の冗談。
私の首筋から鎖骨を通して汗が垂れ流れてきた。顔は化粧でガチガチだから汗が一つも垂れてこない。
私と冬馬はフェンスに身体を預けた1人の少女を見つめた。汚いおじさん達が群がっていて、その姿を完全に見ることができない。
綺麗な背筋、白い肌、サラサラのボブカット。
「嫌だ…」
「忍…間違いない。あれカナエちゃんだ」
その少女は声をかける男に目もくれず、死んだ目をしてスマホをいじっていた。
その目は、TOHOシネマの道を歩いていた先ほどの自分とそっくりだった。
別にカナエが、この場所以外で突っ立っているんだったら何も文句は言わない。
ダメ…。
カナエ…何してるの…?。
やめてよ。
谷村弁護士の言葉が頭に響く。
『自分に価値がないと思って身売りしようとすること。海野さんがそうならないように。」
カナエは大久保公園の前にいた。
今私たちの目の前で身売りする商品の一つになろうとしていた。
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