第15話 急なSF展開はやめてくれ
「10年後の私へ…」
冬馬から渡された封筒に書かれた文字をゆっくりと読みあげた。
「覚えてないの?」と冬馬は再び私の隣に座ってきた。ズボンが黒のジャージからグレーのスウェットに変わっていた。ズボンに染みるくらい出たのか…。あまり見るのは可哀想だ。私はすぐに手紙に目線を戻した。
「これ私が書いたやつ…?」
「そうみたいだね。最近やった同窓会で担任の牧村から渡されたんだ」
「へーそうなの…」
担任の牧村…表面的には熱血教師だけどトラブルにはとことん避ける嫌な奴だったな。
「同窓会に欠席した人の分の手紙は仲良かったやつが代わりに受けとったんだ」
「そう…」
私は封筒を裏面にして宛名を見た。忍と一文字書いてあった。
「全然こんなの書いた覚えないんだけど」
「俺は覚えているよ」と言って冬馬はペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲んだ。
「別れる前日。金曜日の5時間目、情報の授業。君は遅れてきたんだ。」
「情報?」
「そう。ワードで未来の自分に手紙を書こうってやつ」
私は右手でこめかみを押さえて思い出そうとした。だけど全く思い出せない。それもそう、10年前の出来事だ。覚えている冬馬の方がおかしい。
「マスクして体調が悪そうだった。俺が声かけてもオドオドしてる感じで」
冬馬は左手で顎をさすりながら言った。
「そう…」
私は手紙の封を切った。
私が学校を辞める前に書いた手紙…っていうことは、アレがあった次の日に書いたってことか。
高校生の時の私は10年後である未来のわたしに何を託したんだろう。
私は鼻から大きく息を吸って肺にため、ゆっくりと吐き出した。そして冬馬の顔をチラッと見てから手紙を読み始めた。
『拝啓、10年後の私。手紙を読んでくれてありがとう。わたしは今貴方にどうしても伝えなきゃいけないことがあるの。』
「ふぅん」と冬馬は言った。そんな冬馬を横目に手紙を続けた。
『貴方はいま自分で選んだ道が正解だったのか悩んでいるかもしれません。大丈夫です。正解です。貴方はこれから素敵な人達にたくさん出会います。』
なんだこの生意気な文章。10年前の自分の手紙というよりは10年後の自分が今の自分に宛てた手紙のようだ。
『今はどんなに辛くても未来は明るいから。大丈夫だから。この先あなたは絶対幸せに生きられるから…だから…』
私は次の文章を読もうとして絶句してしまった。
カーテンが揺れ、床の影がゆらゆらと揺れ動く。
「なに、どうしたの?」と冬馬は手紙を覗き込んだ。
「な、なんだこれ…いや、そんなことありえない」
と言って冬馬も黙り込んでしまった。
蝉の鳴き声が最高潮になった。エアコンの風が私の唇を震わせた。お互い頬から汗が垂れ落ち、ソファにシミができた。
この手紙は10年前に私が書いた手紙だ。担任の牧村が10年間保管して、それを冬馬が持っていた。きちんと封もされていた。
じゃあどうして、こんなあり得ないことが書いているの…?
『この先あなたは絶対幸せに生きられるから…だから…』
『カナエのことを宜しくね(^-^)』
手紙には最後にそう書かれていた。
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