第14話 童貞歴28年の男

「俺は洗面台の方で着替えてくるから座って待ってて」



冬馬はそう言って洗面台の方に向かった。いや本当に洗面台に向かったのかは分からない。何故ならここは冬馬の家で、私は冬馬の家に行くのは初めてだから。



 私はリビングのソファに取り残された。


 家来ちゃった…。元彼の家に。


 冬馬の部屋は不自然なくらい普通だった。ニトリのチラシに載ってる部屋という表現が1番しっくりくる。白と黒のニトリ…。


 食卓テーブルの上には写真立てがあった。私はソファから立ちあがり、食卓テーブルの方に向かった。写真には高校時代の私と冬馬の2ショットが写っていた。冬馬はドラえもんの出来杉くん、私はケロロ軍曹のモアちゃんのコスプレをしていた。学校祭の仮装パーティーのときの写真だ。


 10年前の写真を何故冬馬は飾っているのだ。

 私は思わず写真立てを下に傾けた。

 

 「何、勝手にいじっているんだよ」

と背後から冬馬が写真立てと私の手を掴んだ。写真立ては元通りに戻された。


 


 後ろを振り返ると冬馬は黒のジャージと黒のTシャツに着替えていた。


「黒いね…」と思わず口に出てしまった。


「まぁ、またコーヒーかかっても嫌だし」

と冬馬は言ってソファの方に座った。


「こっちにおいで…シノブ…あぁ未来の方がいい?」と冬馬はソファに落ちていたゴミを払った後に手でポンポンとソファを叩いた。


 「未来だよ」私はそう言って冬馬の横に座った。


 「分かった。未来…。」


 そこからお互い何を話せばいいか分からず黙り込んでしまった。冬馬は気まずいと思ったのかテレビをつけた。再放送のクイズ番組が流れていた。せめて問題が出ればよかったもののCMになってしまった。




「俺が手出すと思ってるの?」

冬馬は私の方を見ずにテレビを見ながら言った。


「いや…そんなことよりも、貴方になんて声を掛ければ良いかわからなくて」


「そう…。会えて嬉しいとかで良いんじゃない…」


「いや別に会えて嬉しいわけじゃない…」


「えぇ正直だなぁ…」


 冬馬は私の視線に気づいたのか、テレビから目線を私に移した。


 「カナエちゃんの件…俺にも出来ることがあるなら手伝うよ」


「うん…ありがとう。」


「高校の時と変わらず君はお節介だね。普通はタイムスリップしただなんて思いつかないよ」と冬馬は顎を触り笑いながら言った。


「咄嗟のことだったから仕方がなかったのよ。だってカナエと私、信じられないくらい顔が似てるし」


「そうだね。俺も初めてカナエちゃんのこと見たときビックリしたよ。君の隠し子かと思った」


「そしたら私10歳で産んだことになるよ」


「恐ろしいな」


「カナエちゃんって本当にタイムスリップしたって信じてるの?」


「まぁ信じなきゃ私のこと通報してるでしょ」


「いや…まぁそうか。それでも困ったな。カナエちゃんに俺のこと元カレって言うだなんてて爪が甘いよ。」


「本当にね。自分でも悲しくなる」

 

 そしてまたお互い無言。

 テレビはCMが終わってクイズが再開した。そのタイミングで冬馬はリモコンでテレビを消した。蝉の音が外から聞こえる。


 冬馬とうまは大きく深呼吸をした。


「どうしてあの時、高校を辞めてこの街から出て行ったの?」


 冬馬は泣きそうな目でこちらを見つめた。


 10年経っても良い男だな。あぁ…私、あの時この人を好きになれて本当によかった。


「あの日、全てから逃げ出したのはね…自分の人生を生きたかったからだよ。」


「もう少し質問しても良い?」


「ごめん。話したくない。」


「分かった。」


「ねぇ未来…変なこと言っても良い?」


「だめ。言わないで。」


「君が好きだ。」


「言わないでって言ったでしょーが」

私は右手で冬馬の口を抑えようとしたが冬馬は私の手を掴んだ。


 そして20秒ほどお互い見つめ合った。


「未来…キスしてもい…」


 今度は冬馬に最後まで言わせなかった。


 私の唇で冬馬の唇をふさいだから。


 私はキスをしながらどんどん冬馬の方に重心を傾けていき、完全に傾いたところで冬馬の膝の上に乗っかった。そして一度唇を離した。


「まって…未来…」


「なに?」


「俺…ど、どう…」とモゴモゴ言って下を俯いた。顔が赤い。いやまさか、コイツは医者で性格が良い。


「ど?」私は聞き返した。




「ど、童貞なんだ…! 忍のことずっと待ってたから…」



「は….はぁ?」


この男…バカだ。10年もフラれた女のこと待って誰ともセックスしてなかったの?。


 こんな馬鹿女のこと待っていたの?


 わたしのヴァキナからは布を通して線上まっすぐに温かいものを感じる。


 処女を失って10年。

 この温もりを欲したのは初めてだ。


 私は冬馬と再びキスをした。そして舌を入れようとした時だった。冬馬の体がブルルッと震えた。


「「あっ」」とお互い声を合わせて言った。


 私は何も言わず冬馬の膝から降りた。冬馬は黙ってトイレと洗面台に行った。





 10分くらいして冬馬は真顔で戻ってきた。真顔なのに耳が真っ赤なのが違和感だ。そして左手には封筒のようなものを持っている。


「君を家に呼んだ本当の理由はこれだったんだ」と言って私に封筒を差し出した。


その封筒には“10年後の私へ”と書かれていた。

 

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