第13話 人生で2度と会いたくない元カレ②
「カナエちゃん、足止めしてくれてありがとうね。」と言って
「いいえ。冬馬さんこそお仕事お疲れ様です。」
「と、冬馬さん?」
もうこの2人が医者と患者の関係ではないことは明らかだ。
「どういうこと?」
私は冬馬には一切目を合わせず、カナエの方を見た。
「えっと…未来ちゃんが言う“どういうこと”って、この場に冬馬さんがいること?それとも私が冬馬さんって呼んでいること?」
「どっちもだよ」と私は少し語気を強めて言った。
「え…えっとね」
カナエは冬馬の方をみてオロオロし始めた。
「はぁ…君は相変わらず意地悪だな」と冬馬は言って手を上げウェイターを呼んだ。
「アイスコーヒーブラックで」
「かしこまりました。お連れのお客様は…」
とウェイターは空になった私とカナエのグラスをチラリと見て言った。
「彼女にはレモンティーのおかわりを…あ、アイスで」と冬馬は私の飲み物を注文した。
「ちょっとカナエの分は…」と私が言いかけたのを遮って「以上でお願いします」と冬馬は言った。
「ごめんね。カナエちゃん。ここからは君の未来に関する話をするから先に帰って欲しい。未来を呼んでくれてありがとうね。」と言ってカナエに5000円札を渡した。
「ここからだとタクシーに乗って帰れるかな?」
「うん…」とカナエは躊躇せず、5000円を受け取った。
「ちょっと話はまだ終わってないでしょ」
「未来ちゃん…あのね!」
「あぁ俺が答えるよ。なんで俺がここにいるのかって、今日の15時半くらいにカナエちゃんに電話したんだ。」
「さ、3時半?」
私が谷村弁護士と2人で話している時だ。
「カナエちゃんと次回の外来の予約を取り忘れていたから、その電話でね。」
冬馬はストローをグラスに差して軽くかき混ぜた。
「話したところによると、まだ2人は一緒にいるみたいだったから俺も未来のことで大至急確認したいことがあるから合流させて欲しいって言ったんだ。」
「そう…」
カナエは気まずそうに下を向き、私の機嫌を伺おうとチラチラこちらを見ている。
冬馬は「カナエちゃん、じゃあまた来週ね」と言ってカナエのことを早く帰らせようとしている。空気も悪くカナエは居づらいのか、席を立ちショルダーバッグを肩をかけた。
「み…未来ちゃんまた今度ね。連絡する。」
「うん。気をつけて帰って。家ついたら連絡してね。」と私はやつれ気味で言った。
カナエは通りかかったウェイターに軽くお辞儀して店を出ていった。
「さて…」と言って冬馬は、カナエの座っていた席に移動し私と向き合う形になった。
本当に今日は1日が長い。むしろこれからが本番のようにも感じる。
「2つ質問をさせて欲しい」
冬馬はさっきの穏やかな口調から、外資系ビジネスマンのようなハキハキとした喋り方に変わった。
「1つ目は君と海野カナエの関係性。2つ目は今君は何処で何をしているのかを教えて欲しい」
「まだ自分にされた質問を答えていないじゃない」
私は左足で貧乏ゆすりを始めた。情けない。こんなことでしか不快感を表現できない。
「海野カナエは、“先生”という言葉にかなり繊細になっている。だから“差し支えがなかったら冬馬と呼んで”と伝えたんだ。ただの患者と医者。呼び方が先生じゃないだけ」
「そ、そう…」
…私、馬鹿みたい。2人の関係勘繰って何故か落胆して。何してるの私。耳が熱くなった。28にもなって幼稚な思考しかできない自分が情けない。
「さぁ俺の2つの質問に答えて。嘘はついても良いけど、俺には通じないと思った方がいいよ」
そんなの知ってる。
「わ、私は今風俗嬢をしている。先月、カナエをレイプした教師が店に来た。カナエだと思ってやりたいって」
私は怖くて、冬馬の顔を見れなかった。軽蔑される仕事をしているのは分かっている。だけど、それでも、貴方からその顔を向けられたくない。
「それでニュースを見て私はカナエのために…何か出来ることはないかと思って、未来から助けにタイムトラベルをしたってカナエに言ったの! 」
私は勢いをつけて言った。早くこの場から立ち去りたかった。もう自分がきちんと話せているかも分からない。いやそもそも、こんな馬鹿げた設定を話して何しているんだ。私は今度こそ伝票を手に取り立ち上がった。
「また逃げるの?」
その一言は胃の中に小石をパンパンに詰められた気持ちにさせた。
「に、逃げてない。私はあの日…走ったの。」
「どこに?」
「…さよなら!」と座席下のボックスに入った鞄を取ろうとした時だった。私は鞄を勢いよく取り出してしまいテーブルに思いきりぶつけてしまった。
ガシャァンという音がフロア中に響いた。
周囲の客の目線が痛い。パパ活をしている女の目が特に。見下した目。なによ。こっちはお前と違って納税してるんだぞ。
「冷てぇ」という冬馬の声で我に帰った。
「あぁ!」と私は思わず大きな声を出してしまった。
アイスコーヒーのグラスはちょうど冬馬の方に向いて倒れていた。
冬馬の柄シャツとズボンはビショビョになっていた。氷はテーブルの上や冬馬の太ももの上に乗っかっていた。
「ごめん!ごめんなさい!」
私は急いでカバンからハンカチを取り出して、冬馬の上着やにハンカチを押し当てた。すぐにハンカチは使い物にならないくらい黒くなった。冬馬は紙ナプキンでズボンの上に乗っかった氷を摘んでグラスに戻した。お互いに黙々と動いた。
そして上着の汚れを拭き取り、冬馬の太ももにハンカチを押し当てた時だった。冬馬の体はピクンと動いた。そして私の腕を掴み、
「まって…触らな…いまそこは触らないで…」と言った。
「え…?」
「ごめん。店出よう」と言って冬馬はテーブルの上に1万円札を置き、私の腕を引っ張った。
店の外に出て冬馬はタクシーを呼んだ。
「ごめん。すぐ向かいの薬局でタオル1枚買ってきてくれないか」
「あ、うん…」
私はすぐに薬局に行ってバスタオルを買いに行って冬馬に渡した。
「ありがと。君は助手席に乗って」
「え、え?」
「早く。おねしょしたみたいになって恥ずかしいんだって。」
通行人たちは皆んな私達のことをチラチラと見ている。私はその視線に耐えられなくなってタクシーの助手席に乗り込んだ。
そして冬馬はバスタオルを後部座席に敷いてから乗り込んだ。
「すみません。麹町まで宜しくお願いします。」と冬馬は運転手に伝えた。
「ど、何処に行くの?」
「俺の家。まだ話しは終わってないからね。コーヒーぶっかけて申し訳ないと思っているなら付き合ってもらうよ」
「それとこれとは…」と私が言いかけたところで冬馬が遮るように、
「カナエちゃんに全部話しても良いんだよ」
と冬馬は言った。
バックミラーで彼の顔を確認したら、ニヤニヤしていた。冬馬はこの状況を楽しんでいる。そしてバックミラー越して目が合ってしまい私は思わず目を逸らした。
「ずっと会いたかったんだよ。
10年前と変わらない、優しさに満ち溢れた、私の大好きだった人の声が後ろから聞こえた。
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