第10話 触れるのは反則だよ

良かった冬馬。ちゃんとお医者さんになる夢…叶えたんだね。

 

 冬馬と別れたのは高校3年生の秋だった。青山の銀杏並木で別れを切り出した。私はグレーのコートを着て、冬馬は紺のトレンチコートを着ていた。10年経った今でも服装を覚えてる。怖くて冬馬の顔を見れなかったから服装ばっかり見ていた。


「おい待てって!急に別れたいって納得できない!」

 この頃、冬馬はセンター試験に向けて毎日塾に籠って勉強していた。それでも私が「会いたい」と言えば必ず時間を空けてくれた。今の時代の言葉で言えば“スパダリ”だ。


 そんな冬馬を呼び出してまで言いたかった言葉。


「私、今からこの街出てくの!」


「はぁ!?どういうことだよ。え…学校は…てか受験は!?家族は!?兄貴は!?」


「そんなのもうどうでも良い!!私はね自分の為だけに生きるの!!」


 そう言って私は冬馬の手を離し銀杏並木を駆け抜けた。カップルがたくさんいる中、私は満面の笑みで涙を流しながらブーツで地面の銀杏の葉をけりあけだ。


 この日は最強に可愛くして冬馬に会った。朝は高いパックをつけた。メイクも1時間30分かけた。デート直前に髪は美容室でトリートメントしてもらった。服だって持っている中で1番高いやつ。


 可愛い私を最後に目に焼き付けて欲しかった。冬馬には私のことを良い思い出として受け止めて、幸せになって欲しかった。


 それなのに、何故…こんなところで。




「お連れの方…海野さんと僕は未来でお付き合いするんですか?」


 医者は…冬馬はニヤニヤしながら私にそう聞いた。正確に言えばマスクをしているから口元は分からないが、マスクが震えていた。絶対笑っている。


 カナエは顔面真っ青にしてこちらを見ている。この場をどうするか全ては私に委ねられているようだ。


 「あ、お、お付き合いっていうか助手だね。彼は…助手」



「…」



「「助手!?」」

 カナエと冬馬は口を揃えて言った。あぁ私も助手!?ってツッコむ立場だったらどんなに楽か。


「そっか僕は助手なのかー」


「え、み、未来ちゃん助手ってさっき話してたやつ?!え、この人がタイムスリップの!」


「なにそれ!タイムスリップゥ?」


 あああああああああ。神様。私もうどうしたら良いの?神様…か…。


 「先生、次の診療ありますから!じゃあ海野さんまた来週ね!」と看護師さんは右手に持ってるバインダーで左手をパンパン叩いた。


 看護師さん!私は右手でカナエの腕を引っ張っり左手で診察室の扉を掴んだ。


「今夜20時に銀杏並木で待ってるから」

冬馬は私の左手をそっと握り、カナエに聞こえないように耳元でそっと囁いた。


 私はなにも言わずにカナエの手を引っ張り診察室を後にした。診察室を出て薄いオレンジ色の廊下を見て大きなため息が出た。旅行から帰ってきたような疲労感だ。


「冬馬さんが、未来ちゃんのタイムトラベルを手助けしてるの?」


 カナエは診察室にいた時より落ち着きを取り戻したようだ。声の調子が明るい。


「く、詳しい話はお会計終わってから話すから!」


「未来ちゃん…」


「なに!?」


「手…」

 私は廊下を出てもなおカナエの手を握っていた。まだ落ち着けてないのは私のようだ。


「ごめん」と言って私はカナエの手を離した。


「いいんだよ。手繋げて嬉しかった。あ、お会計はないよ。犯罪被害者は警察に申請したら無料なの」


「そうなんだ。」

 すごい。国ってそこまで被害者のことケアしてくれるんだ。何故か佐々木刑事の顔が浮かんだ。

絵に描いたような犯罪被害者には手を差し伸べてくれるんだな。そう考えて気持ちが重たくなった。


 「さて、未来ちゃん、この後なんだけど」


 「え、この後?」


  『今夜20時に銀杏並木で待ってるから』


 冬馬の言葉が耳元にはっきりと残ってる。どうしよう。冬馬とあそこで再会するなんて、え、私行った方が良いのか。いやでも別に会ったところで私たちの関係は何も変わらない。私はカナエの為にこの町に来たんだ。狼狽えるな。


「安心して。青山には行かないよ」


「はぁ?青山?違うでしょ。弁護士相談は池袋でしょ」


「あ、」


 あぁそうだ。すっかり冬馬のことで頭がいっぱいで忘れていた。そうだ。これから弁護士相談だ。


「んで、弁護士相談が終わったらパフェだねぇ!」とカナエは両手で手をパンと叩いて、その手を頬に擦り寄せた。


 今日は長い1日になりそうだ。私たちは警察病院を出てタクシーを捕まえた。


カナエが運転手に

「池袋駅までお願いします!」と言った。


すかさず私が「中野駅まで」と言った。


「えー未来の私ってこんなにケチなの〜」とカナエがボヤいた。


 私は何故かそんなカナエが愛おしくなって、カナエの両頬を思わずつまんでしまった。


「みあいひゃん、はひふんほよー」

「うふふ。可愛い。可愛い。」


 運転手は中野駅まで、バックミラー越しに私たちのことをチラチラ見ていた。


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