第8話 初期設定が甘いと詰められる

「はい!じゃあ私は宿題やってるから、未来ちゃんは弁護士探して!」


 夕方の16時にカナエの家にお邪魔した。


 昨日とは打って変わってカナエは元気そうだった。それはカナエの服装を見た瞬間に思った。


「か、カナエ学校行ったの?」


「そうだけど、当たり前じゃん。学校帰りだよ」


カナエは制服を着ていた。ブラウスのボタンはきちんと閉めてあって、襟の方には少し汗が染みていた。カナエは学習椅子にあぐらをかいて座り、宿題を広げた。私はカナエのベッドに腰掛け、昨日と同じように麦茶を飲んだ。


 話を聞くとカナエはレイプ被害に遭った後も教師が逮捕された後も普通に学校に通っているそうだ。カナエが被害者だと知っているのは校長先生と保健室の先生だけ。


 そしてマスコミから連絡が来るのは、カナエだけじゃなくクラスメイト全員だそうだ。どこからかクラスLINEが漏れ、そのせいでマスコミから事件のことで連絡が来ているそうだ。恐ろしい時代だ全く。



 カナエは自分が被害者だとバレないように細心の注意を払って学校生活を送っている。とてつもない精神力だ。“先生にレイプされた被害者”というレッテルを意地でも貼られたくないのだ。まぁそれも納得できる。


「先生が逮捕されてからクラスは被害者探しと、被害者叩きで盛り上がってるよ。私もそれに参加してるし」とカナエは呑気に言って麦茶を飲んだ。   


 性被害者というレッテルはクラスでよくある偏見、同情、非難、話題、全てのカテゴリーを満たしている。今まで対等に扱えもらっていたクラスメイトから格下に見られるのは間違いない。だからって自分である被害者の悪口を言うなんて。


「わ、我ながら強い子だこと」


「未来ちゃんも10年前そうしてたんでしょ。覚えてないの?」



「あぁ、そうだったね。昔すぎて覚えてなかった…」


やばい。未来から来た設定をすぐに忘れてしまう。


 カナエはリボンを外し、ブラウスの1番上のボタンを外した。


「未来ちゃん…10年経ったら、事件のこと忘れて幸せに生きれるの?」


 カナエの飲んでいた麦茶の氷がカランと音を立てた。


 「なれるよ…。」私はそっと言った。


 「じゃあ今から私がどうしたら良いのか最善策を教えてよ。何も未来ちゃんは教えてくれない!」


 きた。絶対にされると思った質問。


「ごめんね…カナエそのことなんどけど。それが全く覚えてないのよ。レイプされた当時の記憶も、その後どうしたのかも全く覚えてなくて。」


「どういうこと?」


「過去に戻った瞬間に忘れちゃって、ただレイプされた昔の自分を救わなきゃって記憶しかないのよ」


 どうだ。私が1日で考えた嘘。我ながら結構いけている。


「私が未来のことを知ったら、なにか歴史が変わっちゃうからなのかな。」とカナエは悲しそうな表情で言った。


「多分そうなんだと思う。でも…安心して。過去に戻ってきたからには、私が絶対にカナエを幸せに…」と言いかけたところで、カナエは人差し指を鼻先に立て「しー」と言った。


 「ふふ、未来ちゃん私じゃない私達でしょ。同じ海野叶恵なんだし。2人で協力して良い未来に変えよう!」


 カナエは私の方をまっすぐに見て言った。本当にこの子と私は顔しか似ていない。まぁ血も繋がってないし当たり前だけど。こんな優しくて信念のある子に私も生まれたかった。


「さて弁護士探してよ未来ちゃん!NPOとかの女性支援弁護士とかいないの?タダでやってくれそうな意志つよつよなおばさん。


「今探してみるから」と言って私はバックからスマホを取り出した。


 「ん、未来ちゃん、スマホ機種何?iPhone?」


 「んーアイフォン10かな。」

 

 「え…古くない?私アイフォン12だよ」


 「あ…」

 爪が甘いにも程がある。私は黙り込んでしまった。なにか不自然じゃない嘘を考えなければいけない。あ…。


「協力者がいるのよ!!」


「はぁ?協力者!」


「そう!私が過去に戻るにあたって色々と協力してくれる人がいるのよ!このスマホもバックもその人から支給されたの!」


「へー。なんか凄いね。協力者か…。それなら安心だね。」カナエは感心した口ぶりで言った。


「そう!泊まるところもその協力者が用意してくれてるから安心して!」


「うん…」


 良かった。信じてくれたみたいだ。というかカナエ…私のタイムスリップのこと凄いあっさり飲みんでくれるな。お陰で助かってはいるけど、私が高校生だったらこんな不審者すぐに通報するよ。


 でも自分と顔がソックリだったら信じるものなのかな。うーんと腕を組み俯いて考え込んでしまった。


「あぁもう、はいはい未来ちゃん弁護士探して!」

とカナエは手をぱんぱんと2回叩いて言った。


 カナエは宿題、私はiPhone Xで弁護士探しを始めた。ここが東京なのもあってか性犯罪被害者のNPOはすぐに見つかった。でも中には中身の見えない胡散臭いのもあったり、理想と概念を描いてるだけでどんな支援をしているか全く分からないものもあった。


 私はとりあえず国が協賛していたり、組織の代表が社会的な地位を得ている人のNPO法人にメールを送った。


「女子高生レイプ事件の被害者です。頼れる人を探しています」と内容はシンプルに。


 1時間もしないですぐに電話がかかってきた。

電話はカナエに取らせた。10分ぐらい話していたが、カナエの表情は明るかった。話している内容は重たく深刻だが。電話を終えカナエは私にスマホを返した。


「ど、どうだった…?」


「うん…なんか凄い強そうな女の弁護士さんだった。明日にでも会おうって。」


「そっか良かった。」


「未来ちゃんも付いてきてよ!」


「えぇ!ダメよ!未来から来たこと他の人に知られたくないし…」

 断るのに便利だな。未来から来たし…って。


「じゃあ近くで見守ってて!!」


「わ、わかった。」


 もう18時なのに部屋は蒸し暑い。東京の夏を扇風機だけで乗り切ろうとする海野家が凄い。今日はシースルーの服を着てきたけど、もうこの服ですらベトベトだ。

 カナエも流石に暑くなったのか「未来ちゃん脱ぐね」と言ってブラウスを脱ぎブラトップ一枚になった。


 カナエの白い腕には黒く変色したあざが残っていた。黒と紫の絵の具を混ぜたようなドス黒い色。カナエの白い肌に場違いのように色を落とし、佇んでいる。


「抵抗したんだね。カナエ。怖かったよね。こんなに強く残るってことは相当抵抗したんでしょ」と言いたかったがやめた。きっと、それを言うのは今じゃない。


「未来ちゃん、明日は弁護士相談の前に病院があるから」

カナエは宿題をクリアファイルに挟み、リュックに戻しながら言った。


「ん、病院?」


「明日性病検査の結果聞きに行くんだよ」


「性病…ああそっか」

 私も毎月店で検査させられるから、聞いた瞬間は性病検査という言葉に対して何も思わなかった。でも違う。普通の人は危機感を持った時にする検査なのだ。


 被害に遭ってからカナエの日常は大きく変わってしまったんだと痛感する。警察に行って被害の内容を話して捜査に協力して、病院に行って検査して、学校では被害者であることを隠して、こんなの17の女の子がやれる事じゃない。


「よし、病院行って弁護士相談終わったらパフェでも食べよっか」


「きゃー!やったー!」と言ってカナエは椅子から立ち上がった。その際にカナエの足が麦茶の入ったグラスにぶつかりひっくり返った。カナエのスカートから足元がビショビショにになった。


 「もう何してるの」と言って私はティッシュでカナエの足を拭こうとした。


 そしたらカナエが突然「やめて!」と大きな声で叫んだ。


「いいの。足…気持ちいいから。未来ちゃん、もうすぐお母さんが帰ってくるから帰って。」

カナエは吐き捨てるように言った。


 私は少し微笑み「わかった」と言って家を出た。



 帰り道、私は店長にしばらく休むと伝えた。私はカナエの為に出来ることはなんでもやらなければと一層強く思ったからだ。


 しかし、現実は私の思ったようには進まない。次の日、私は元カレと再会することになる。しかもカナエのいる目の前で。アイツは医者になっていた。

 

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