第7話 佐々木刑事と未来

「その…貴方どうして時間をかけてまで私達、警察にこんな話を」


 女性刑事は不思議そうな顔をして言った。あぁ今って性犯罪の事件は女の刑事さんも担当しているんだ。良いな。これなら被害も告発しやすそうだ。


「被害に遭った女の子が少しでも有利になって欲しいと思ったからです。」


 私は刑事さんに紙袋を渡した。中身は高校の制服、男とのメールのやり取りをプリントアウトしたもの。


 私はカナエと会った帰り警察に行った。彼女の置かれた現状を聞いて、私に出来ることがあると思ったからだ。


 まずはカナエの言った裁判の前に、男を起訴させなければいけない。


「あの、お聞き辛いことを聞くのですが、被害者の方のために協力していただきたいです。男はどういう行為を貴方にしようとしてきたんですか?」と刑事さんは真剣な眼差しで質問をした。


「お聞きずらい?私は風俗嬢ですよ。」


「そんなの関係ありません。プライベートゾーンのことを話すのは職業関係なく心理的負担は絶対あります」


「え…」

面食らった。


「あ、あの?大丈夫ですか?」

刑事さんは相談室の机の上に置かれているトイレットペーパーを差し出した。


 なんでトイレットペーパー?いや違う。そこじゃない。久しぶりに社会人から人間としてまともに扱ってもらった。涙が溢れた。


 自業自得だけど、この仕事を始めてからわたしは人間として扱ってもらえなかった。偏見なんてないよという友達からは裏で話のネタにされて笑われていた。親とは絶縁。当たり前。知ってる。憧れの職業になってしまったら子供に悪い影響なのは間違いない。だけど、私だって社会のために生きてるもん。


 SNSで夜職を自慢する子達の気持ちは分からないけど、彼女等のおかげでSNS上だと少しは人間として扱われるようにはなった気がする。でも現実はそうじゃない。


 それでも、今わたしの目の前にいる人は、私のことを偏見持たず真っ直ぐに向き合ってくれている。その気持ちがとても嬉しい。


「男は、私に海野カナエの代わりになって欲しいと言いました」


「続けてください」


「プレイ中、私が喋って良い言葉は、“先生”“やめて”“イク”だと指示されました。プレイスタイルはレイプ系です。」


 こんな様子で私は刑事さんに話せることは全て話した。刑事さんはただ真剣な眼差しで私の話に相槌を打ってくれた。同情するためでも非難するわけでもなく、ただ何かを見つけようとしている目だった。


「男は起訴できそうですかね?」

と私はトイレットペーパーで涙を拭きながら聞いた。こんな質問…刑事さんも聞きたいくらいだろう。


「分かりません…それでも貴方の証言はとても貴重なものでした。わざわざ制服まで持ってきていただいて、ありがとうございました。」

刑事さんは席を立って深々と頭を下げた。


「どうして私なんかの為に…」と思わず言ってしまった。


刑事さんは顔を上げて私の方をまっすぐ見た。

「冬梅桜を2度と産まないためです」


「ふ、ふゆうめ…?どなたでしょうか?」


「いえ…ただの…知り合いです。以前私が担当した事件の…。私達、司法は起こった事件から目を背けちゃダメなんです。目を少しでも背けてしまったら…」


 刑事さんは息を軽く吐いてから

「私達全員に罰が降るんです。」と言った。


「全員にですか?」


「はい、この日本の社会に住む全員にです」


「罰を下すのは誰ですか?」


「善良だった子供です」


 私にはこの刑事さんが何を言っているか全く理解出来なかった。もう詳しく聞くのはやめよう。私はここでの役目をきちんと終えた。


「すんません!刑事さん…私バカなんで何やらさっぱり!」


「すみません。私こそ余計な話を!」


「あーちなみに、なんで相談室に置いてあるのティッシュじゃなくてトイレットペーパーなんですか?テーブルにダイレクトに置いてあってビックリしましたよ!」


と言って私は指で縦に置かれたトイレットペーパーの円をクルクルなぞった。店の時の私の喋り方だ。



「あぁ警察お金ないんですよ…でも鼻噛んだり、指紋取った後に指拭いたり、何かと便利ですよ!」


 そっか警察お金ないのか…。なんだか悲しい。本当に…小さな疑問の答えってシンプルだよね。


 私は次の日、美容室に行った帰りにカナエの家に行った。私はカナエの未来だから、彼女が私みたいに道を踏み外さないように素敵な未来を案内しなきゃ。



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