恋のセミファイナル

星川新吾

第1話 恋のセミファイナル

誰が言いだしたのか知らないが、最近ではセミが死にかけてギリギリの状態のことを「セミファイナル」というらしい。まだ死んでないってところが準決勝(semifinal)に似てて笑える(笑)


死にかけのセミは本当に心臓に悪い。道端に落ちていて、死んでいるのかと思ったら急にジジジジ!と暴れ出して驚かされることは、日本人なら誰しもが経験するところであろう。中には飛び上がってこちらへ向かってくる個体もあるからビックリする。その様子から「蝉爆弾」と呼ぶ人もいるらしいが、まるで地雷を踏んだかのように、近付くと大きな音を立てて暴れ出す様は、確かに爆弾みたいだ。


僕が20代の頃、知り合いに蝉が怖いという女の子がいた。道端にセミが落ちていると、その子はもう心底嫌そうな顔をしながら、静かに蝉の脇を通り過ぎようとする。

しかし、その努力もむなしく、蝉はお約束のようにジジジジ!と暴れ出してしまう。

すると彼女はビックリ仰天して走り出してしまうのだ。


「きゃあああ!」


彼女は眉間をハの字に寄せながら、肩を窄めて、小股に駆けだしていく……その時の細い背中がなんとも美しかったのである。


実を言うと、当時、僕は彼女のことが好きだったので、なんとかして彼女が蝉爆弾の恐怖から解放してあげたいと思ったのだが、当時はなかなか有効な手段は見つからなかった。


ネットで色々調べていると、セミの愛好団体というのが検索に引っかかって来た。そんな団体あるんだ~って思いながら、ホームぺージを眺めていると、蝉の生態が詳しく描かれている。それを見た僕は「セミに詳しい彼らなら、何か有効な手段をご存知なのではなかろうか」と思って、問い合わせフォームから質問を投げかけてみたのである。


その内容は確か、セミが寄り付かないような香料や薬剤のようなものの存在についてとか、道端で死んだように落ちている蝉が、本当に死んでいるのかどうか、近付く前に確認する方法は? などだったように思う。蝉の愛好家にそう言った内容をズラズラと書き連ねたものだから、当然ながら返事はなかった。今から思えば、そりゃそうだろうって思うけど、色ボケしていた当時の僕には見えていなかったのだ。


それで、最終的にどうなったのかというと、実はそれからしばらくして、その女の子にフラれたのである。これは厳密にいうと解決したわけではないのだが、その恋が終わったことで、僕のプロジェクトは強制的に終了となったのである。


このセミファイナルの話題を耳にする今になって解ったことだが、道端に落ちている蝉の生死を確認するには、足を見るといいらしい。足が折りたたまれていれば死んでいて、足が開いたり、きれいに折りたたまれていない場合は死んだふりをしている可能性が高いんだそうだ。


まさか、あれから何十年も経ってから、当時の疑問が解消されるとは夢にも思わなかったが、これで一つ、人生の重荷から解放された気分である。夏の終わり、今でもセミがファイナルして、ジジジジと暴れる様を見ると、僕は彼女と淡い恋心を思い出すのだった。


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恋のセミファイナル 星川新吾 @hoshikawa

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