落日のあとで

三日月未来

第1話 落日のあとで

 小石川麗子は、選挙戦を終えて太々しい表情を浮かべ秘書に命令した。

中肉中背のブサメン秘書は、オドオドしながら報告書を小石川に渡しながら言った。


「小石川知事、カルトの組織票に漏れはございません」

「そう、明日の投票率次第ね」


「万が一の場合は、いつもの手筈で・・・・・・ 」

「まあ、そんな穢いことをあなたはよく考えるわね」


 メディア出身の小石川にしては当たり前のことだったが・・・・・・。

 麗子の父や祖父も国会議員を退いた後、東都の知事選挙に当選した。

小石川麗子は世襲三代目知事だった。


 東都にはいくつかの都市伝説が逸話として密かに語り継がれていた。

 二期までは良いが三期目に強欲を出すと、パンドラの蓋から鬼がうじゃうじゃ出ると言うホラーじみた話だった。


 ホテルの特別室からは、大江戸山脈の山々が月明かりに浮かんでいる。

遠くには夏富士のシルエットも見える。


 若草色のスカートスーツに、百合を刺繍した麗子のジャケットがホテルの大窓に映っている。

 小石川麗子は、選挙期間中の報道対策で、ホテル柘榴を避難所代わりにしていた。


 中央にある大きな青いソファに腰掛け足を組むと、麗子は秘書を一瞥しながら、ブランデーグラスに輸入コニャックを注ぎ言った。


「小森、一杯、どうですか? 」


 下戸げこの秘書小森は礼を言いながら丁寧に断る。

 小石川は、秘書が下戸と知りながら、毎回、ブサメン秘書にブランデーを勧めて苦笑いを浮かべている。


 小森も麗子の底意地の悪さは織り込み済みとして諦めていた。


「小石川知事、私は、これで失礼します」

「明日の祝賀会、大丈夫ね」




 翌朝、激しい驟雨が嵐のように東都全体を包んでいた。

 東都知事選の有力候補のひとり大神真一は、雨音で目覚めて神童和也に電話する。


「おはよう。神童君、今朝はあいにくの雨だね」

「大神さん、今夜は締め切り後の投票箱追跡チームは陸軍出身ばかりの精鋭ですから」


「神童君は陸軍、出身だったね」

「はい、閣下」


「閣下は、いらんよ。それよりビッグニュースが飛び込んで消えた」

「なんでしょうか」


「轟弁護士の話では、公職選挙法違反容疑で五名の逮捕が決定しているとか」

「じゃあ、当選無効ですね」


「それはわからないらしい」

「雨が止んだら、投票を促しましょう」


 雨は、投票時間開始直前に止み、青空が見え始めた。

投票率七割超えの勢いで投票所に長蛇の列が出来ている。


 東都民が小石川知事の悪政に反旗を翻した瞬間だった。

報道も密かに掌返しを始めていたが小石川は知らなかった。


「小森、投票率は」

「はい、正午時点で・・・・・・ 」


「時点で何なの」

「七ーー 」


「わからないわ、小森ちゃん」

「七割丁度です」


 小石川の組織票が崩壊した瞬間だった。

一割の増加は、約百万票の増加。

投票率増加は、小石川知事引退への引導だった。


「小森、祝賀会の予約を直ちにキャンセルして」

 小石川は特別室の窓から遠くの山々を眺めながら、青ざめた表情で言った。


「私、もう一度国会に戻るわ」




 選挙特番が開始された。

開票率ゼロパーセント、小石川麗子に当確マーク点滅。

法蓮、丸石、大神と続く。


 小石川の点滅が突然消え警告マークに変わった。

法蓮、丸石にも警告マークが付く。


 投票率が確定した。

東都知事選挙投票率、過去最高八十八パーセント。


 翌日の朝刊には、大どんでん返し八十八の大見出しと大神真一の顔写真があった。

神童和也が手配した元軍人たちが投票箱のすり替えを阻止していた。


 開票所も空前絶後の監視体制が用意されていた。


「大神真一です。東都の夜明けを皮切りに、皇国に新しい風を吹かせましょう」


 その日の夕刊は、公職選挙法違反逮捕の文字が踊っていた。


「なるほど、票割れ工作員候補もいたんですね」


「神童副知事、笑って暮らせる世の中にしよう」

「はい、大神知事」




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