エピローグ

私たちの運命

「……つくね。逃がさないわ」


 低い声にハッとする。


「こちらに来なさい。おとなしく実験体になるのなら、許してあげる」


 ミハル姉が、私たちの前に現れた。海水でぐしょぐしょの黒髪をかきあげる余裕もない。


 執念にぎらつく目を、まっすぐ見られない。


「はやく来なさい! 実験体のくせに、私に刃向かうなんて……!」


「そこまでですわっ!」


 するどい声とともに、私たちとミハル姉にスポットライトが当てられる。まぶしい……!


 光になれた目で見えてきたのは、もっとまぶしく輝く金色の髪の女の子。


「七星……!」


 制服姿の七星は、ビシ! と、ミハル姉に指を突きつける。


「近衛ミハル先輩。あなたの言動には目に余るものがあります。生徒会長として、見過ごせませんわ」


「はっ。いまさら、なに? 私はただの研究員で、学園なんかどうでもいいの」


「いいえ、銀ヶ島学園の生徒である以上、わたくしはそんな身勝手を許しません。……スクリーン、準備を!」


 パチン! 指を鳴らすだけで、七星のうしろに巨大なスクリーンが一瞬で立てられる。こんなはやわざができるのは、あの子だけだ。


「りこも、きてくれたんだ!」


 忍者顔負けのすばやさで現れたりこが、七星の前でカメラを構える。私が手をふると、はずかしそうにしながらも小さく手をふりかえしてくれた。


 ごほん、とせきばらいをして、七星が語りはじめる。


「ただいま、時刻は0時30分。消灯時間は大幅に過ぎていますが……本日だけは、特例です。学園全員に、この配信を見ていただきますわ」


 パァ……! スクリーンに映しだされた映像は、私たちのこの一ヶ月の活動記録だ。


 花壇の中で泥だらけになる恵くん。町をかけずり回ってチラシを配る樹ちゃん。りこを救った太陽。そして……名前を呼びあって笑う、七星と私。


 さらに映像は、私とミハル姉のツーショットに切りかわる。旧校舎をこわすことや、S組をバラバラにすることで私をおどすミハル姉を、バッチリとらえている!


「今日に至るまで、S組の全てを、りこは撮影していましたわ」


「はい。この事実を学園の全員に届けて、判断しなければいけないと思いました。それが……せめてものつぐないです」


 七星は小さくうなずいて、カメラの向こうにいる学園のみんなに問いかける。


「本日が学園投票の最終日です。……S組のみなさんと、ともにいたいかどうか。あなたの心に浮かんだ答えを、教えてください」


 七星は、自分のポケットから学園用スマホを取りだす。


 投票アプリを立ちあげて……【存続】のボタンをおした。


 スクリーンが切りかわる。映されたのは、投票アプリの投票結果。


 最初は、小さな動きだった。


 そこから10人、20人、100人と……【解体】から【存続】へ、みんなの票が移っていく。


 画面の数字は止まった。七星が、結果を読みあげる。


「解体、303。存続……1,697。学園投票の結果をもとに、銀ヶ島学園S組は存続。理事長の名の下に、ここに決定します!」


 ぐいぃーっと、ほっぺをつねってみる。……痛い。


 じゃあ、これって……夢じゃない! S組は、なくならない。みんなといっしょにいられるんだ!


「意味がわからないわ!」


 ミハル姉が頭をかきむしってさけぶ。


「あなたたち、正気っ? S組を存続させる? 宇宙人たちと家族? そんなのありえない!」


「宇宙人だから、なんですか?」


 七星が一歩進みでて、ミハル姉と正面から立ちむかう。


「研究者も宇宙人も、等しく学園の一員! これが、私たちの答えですわ」


「ふざけないで。私の研究を……!」


「近衛先輩。あなたの所属する組織のトップにも、この映像をお送りしました」


 七星が言うと、ミハル姉の表情が固まった。


「返事はすぐにきました。『人の心を持たない研究に価値はない。本部にもどり、頭を冷やせ』と。同じ学園の生徒として、きちんと向きあいたかったですが、残念です」


「そんな。私、私は……」


 ガクン、と、ミハル姉はひざから崩れおちた。その姿に同情なんてできない。


「ミハル姉」


 だとしても……私はミハル姉に近づいて、前にしゃがむ。


「私ね、好きな人ができたんだ。ミハル姉に逆らっても、いっしょにいたい人がいるなんて、知らなかったよね?」


「は……?」


「全部研究のため、って言っていたけど……私が成長してきたのは、やっぱりミハル姉のおかげなんだ」


 怒りとか憎しみとか、ふつふつとわきでる感情は、笑顔の下におしこんで。


 私は、ミハル姉に別れを告げた。


「いままで、ありがとう。私は好きな人といたいから……あなたとは、行かない」

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