恵士郎
奇跡くらい、いくらでも
「つくねーっ!」
恵くんのさけびが、私まで届く。恵くんは髪をぐしゃぐしゃにふりみだして、港に立っている。
「恵くん!」
「行かせない。ぜったい……!」
……ポツ、ポツ。顔に雨が当たる。
恵くんの心の動きが、空を変える……! 横なぐりの雨風が、船をかたむけた。
「ムダよ、恵士郎。悪天候でも進めるよう、モーターも改造しているの」
なんて、ミハル姉は勝ちほこっているとおり、ちょっとかたむくだけでは船は止まらない。
ガララ……ドォン! ド、ドオ……ン!
空をおおう真っ黒な雲から、雷も落ちてくる。その衝撃で船が右へ左へとゆれて、私はしがみつくので精いっぱいだ。
「これ以上、乱暴なマネはやめなさい! つくねになにかあったら、どうするのっ?」
ミハル姉の言葉に、雷が止む。このままじゃ、恵くんが遠ざかる!
「平気だよ、つくね」
風に乗って、恵くんの声が私に届く。
「ぼくに任せて。今度はぼくが、つくねを救うから……!」
その言葉に、再び船がかたむく。ぐるぐる、と、その場で船が回りはじめた。
「う、わぁ! な、なに?」
周りを見ようとしても、雨も風も強くて、目を開けられない……!
「うそでしょ……?」
すぐ近くで、ミハル姉が初めて驚愕の声を出す。
いったい、なにが? 私は、目をうすく開く。
ミハル姉が驚いた理由は空じゃなくって、海。
いつの間にか、巨大な渦が船の下に生まれていた。
私の乗っている船は自動操縦なんてまったく意味のない、制御不能状態!
恵くんは風をあやつって、海に渦を生みだした。
もう、感情任せの暴走なんかじゃない。完全に天候をコントロールしている!
「こんなことまでできるなんて、まるで奇跡じゃない……!」
ミハル姉の言葉が聞こえたのは、そこまで。
ぐわんぐわんと回る勢いに、私はとうとう船の外に放りだされた!
「わ、ぁああっ!」
渦巻く海面にたたきつけられると思った瞬間……
ふわ、と、風が私を受けとめる。小さな竜巻が、私を守ってくれた。
そのまま竜巻に乗って、私は港まで運ばれる。恵くんの真上で風がやんで、私は落下する……
でも、怖くなんてない。恵くんが、私を抱きとめてくれたから。
「奇跡くらい、いくらでも起こすよ。つくねを奪うためなら」
言ったあとに、照れくさそうに笑う……いつもの恵くん。
私は、恵くんにしがみつく腕に力をこめる。もう、片時もはなれないために。
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