私が、家族を守る

 息を切らしながらたどりついた旧校舎は……ショベルカーに屋根をえぐられていた。


「や、やめて……!」


 私はヘルメットをかぶるおとなたちの中に飛びこんだ。


「やめてください! 私たちの家を、こわさないでっ!」


「なんだ、きみは?」「危ないぞ、遠くへ行きなさい!」


 私の力で、おとなを押しのけられるわけもない。座りこんで、手元の土をにぎりしめる。


「これで、S組解体よ。学園のみんなが望むとおりになったわね?」


 ミハル姉が、私のすぐうしろにしゃがむ。


「もうS組を残す理由はない。旧校舎は平らにして、あの3体は別の施設に送ってもらう。どんな実験を受けることになるか、予想もできないけれど……」


 私は、ミハル姉の肩をつかむ。


「お願い、やめて」


 ミハル姉をにらみあげて、私は言う。


「あなたといっしょに行くから。旧校舎にも、みんなにも、手を出さないで」


「……すなおな実験体は、好きよ」


 ミハル姉はおとなたちにひと言だけ声をかける。するとショベルカーは止まって、おとなたちはぞろぞろと帰っていった。


「今夜0時、港から出航よ。……あぁ、それと、これだけあげるわ」


 ミハル姉は、ポケットの中から機械を取りだして、私に放りなげてきた。


 その機械には3つのボタンがあって、それぞれ【恵士郎】【樹】【太陽】と、3人の名前が書かれている。


「ひとりだけ選んでボタンをおせば、意識を取りもどす。別れのあいさつくらいは、させてあげるわ」


「…………」


「逃げたら解体工事を再開させるし、3体の無事は保証しない。わかった?」


 ミハル姉は満面の笑みを残して、去っていった。


 私は時間の感覚もなくして、その場から動けずにいた。


「……つくね、つくね!」


 名前を呼ばれて、ハッとする。目の前にいるのは、七星。


「立てますか?」


「……ありがとう」


 七星の手を借りて、ゆっくり立ちあがる。


「近衛先輩とのお話、ほとんど聞こえませんでしたが、今夜0時に出航ということだけ聞こえて……どこかへ行ってしまうのですか?」


 いまの私は、うなずくこともできない。頭の中が、ぐっちゃぐちゃだ。


「つくね。わたくしの部屋にかくれませんか?」


 突拍子のない提案に、ぱちぱちとまばたきをする。


「正直、わたくしは近衛先輩の言っていたことを飲みこめていませんわ。あなたがたが、その……宇宙人だなんて、信じられません」


「うん。そうだよね……」


「ただ! このままつくねを行かせると、二度と会えない気がします」


 七星は私の手を取って、顔をのぞきこんでくる。


「出航なんてさせません。部屋がバレるようでしたら、生徒会室でもどこでもお貸ししますわ。つくね、わたくしは……!」


「七星」


 言葉をさえぎって、私は七星に抱きついた。


 ありがとう。でも、だめなんだ。私がミハル姉にしたがわないと、旧校舎もこわされて、みんなが本当にバラバラになる。


 だから、私は行かなきゃ。……私が、家族を守らなきゃ。


「ねぇ。S組のみんなは、どこにいるの?」


「本校舎の保健室です。みなさんまだ目を覚まさないので、ベッドに移しましたわ」


「そっか。……七星、大好き」


「は、はいっ? 急に、なに言って……!」


 顔を真っ赤にする七星とはなれて、私は本校舎に向かった。


 彼との、最後の別れのために。

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