タスク② 終了……

私の前で泣かないあなた

「…………」


 くちびるをかむ樹ちゃんは、その場に立ちつくしていた。決心がつかないのか、コマコちゃんの方を見られない。


「みぃ、みゅあ」


 弱々しい鳴き声は、樹ちゃんの足元で聞こえた。


 コマコちゃんが軽やかな足取りで、樹ちゃんのもとまでもどってきてくれた。


「コマコ……」


 樹ちゃんはしゃがんで、コマコちゃんを抱き上げる。気持ち良さそうにのどを鳴らしてから、コマコちゃんは樹ちゃんのほおをぺろっとなめた。


「みゃぁ……。にぃ、みゅお」


「…………!」


 樹ちゃんを目を合わせて、数秒。コマコちゃんはヒョイっと地面に降りる。


 これで、お別れなんだ。もう、会えなくなる……


「コマコちゃん! ありがとう!」


 気づくと、私はさけんでいた。


 ありがとう。これまで樹ちゃんを……家族を支えてくれて、ありがとう。


 私の声にコマコちゃんはくるっとこちらを見て、ひとつ鳴く。


 そして、山の中へ姿を消して……見えなくなった。


 しばらく、だれもなにも言えなかった。しぃん……と静まりかえる中、最初にその場を後にしたのは、七星さんだった。


「もう、夜も遅いですわ。みなさん、もどりましょう」


「……そうね」


 ミハル姉もうなずいて、さっさと帰ってしまう。


 ボスネコさんも私に一度だけすりよってから、さっそうと商店街の方向へ走っていった。どうして、そんなに急いで……?


 太陽と恵くんは、私とすれちがうときにぽつりと言いのこす。


「旧校舎の玄関は、開けておくよ」


「樹のこと、たのんだぞ」


 ……そっか。みんな、樹ちゃんのことを気づかってくれたんだ。


 残ったのは、私と樹ちゃんだけ。


「樹ちゃん。立てる?」


 樹ちゃんはうつむいたまま、首を横にふる。


「じゃあ、今度は私の番。おぶってあげる」


 私は樹ちゃんの前で、背中を見せてひざをつく。


「…………」


 旧校舎までの長い道を、なるべくゆれないように私はゆったり歩いていく。


「樹ちゃん。教えてくれなくてもいいよ。……コマコちゃんは、最後になんて言ったの?」


 樹ちゃんは、ゆっくりと答えた。


「『泣いてくれるなよ。あんたの中に楽しい思い出だけを残して、お別れしたいんだ』……」


「そっか」


「だから、泣いちゃだめだ。つく姉ちゃんの前では泣かないって、決めているんだ……」


 精いっぱいの強がりに、私は言ってあげる。


「いま、樹ちゃんは私の背中にいるでしょ? 前じゃないから、いいんだよ」


 ガマンしないで、樹ちゃん。いまだけは、思いっきり泣いていいんだよ。


 私は前だけ向いて、旧校舎へ歩いていく。樹ちゃんの涙なんて見ていないし、コマコちゃんの名前を呼んで泣きじゃくる声なんて、聞こえなかった。

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