となりにいてくれるから
「これで、よし、と」
「ありがとう、つく姉ちゃん」
髪を結んであげて、樹ちゃんの肩を叩く。いつも通りのイマイチな完成度だけど、樹ちゃんは満足そう。
「……もう、ずいぶん暗くなっちゃったね」
いま、山の中はどっぷりと暗くなっている。一歩先も見えないような道を歩くより、動かない方がずっと安全だ。
夜の山中は、いっそう冷えこむ。樹ちゃんは上着をコマコちゃんに貸してしまったから、とても寒そう。
私と樹ちゃんはぴったりとくっついて、お互いを体温で温めあう。それでもちょっと肌寒いから、私はボスネコさんをひょいっと抱きあげた。
「もふもふで、活力を充電……」
「にゃ、ぎぃい!」
ばたばた暴れるボスネコさんには悪いけど、ちょっとだけ!
「『嫁入り前の娘が、はしたないぞ!』だってさ。ほどほどにしてあげてね」
ようやく樹ちゃんが笑ってくれた。私はボスネコさんに押しのけられちゃったけど……いつもの樹ちゃんにもどってくれて、よかった。
「つく姉ちゃん。あの話、覚えている? コマコが昔、オレのそばにいてくれたっていう」
私がうなずくと、樹ちゃんはコマコちゃんの背中をやわらかくなでる。
「オレ、コマコにどなったことがあるんだ。『オレはひとりで平気なんだから、どっか行け!』って。でも、コマコはオレのほっぺをなめて、言ったんだ」
「なんて言ってくれたの?」
「『あんたはいま、たまたまひとりぼっちなだけさ。いつか、あんたを信じてくれる人が現れる。それまで、あたしがそばにいてやるよ』」
風に乗った雲が、さぁっと流れる。まん丸の月が真っ暗な世界を照らしてくれた。
月明かりに下の樹ちゃんは、晴れやかな顔で私だけを見ていた。
「コマコが言ったとおりだ。オレには、信じてくれる人……つく姉ちゃんがいる」
体温を感じるほど近くで、くったくなく笑う樹ちゃんに……どきっとする。
私にとって樹ちゃんは、甘え上手の弟みたいな存在。でも樹ちゃんにとって私は、もっともっと特別な存在になっていた。
ちょっとはずかしくて、その何倍もうれしくて……なぜだか、樹ちゃんの顔をまっすぐ見られない。
「……あ」
静かに声をあげた、樹ちゃんの膝の上。コマコちゃんが薄く目を開いていた。
「コマコ、気がついたんだね。よかった……!」
樹ちゃんは、はぁっと安心した息をはく。
「帰ろう。もう夜おそいけど、来た道をもどっていけば……」
「……しゃ、ぁあっ!」
コマコちゃんは強く鳴いて、毛を逆立てる。驚く樹ちゃんの腕の中から、するりと逃げてしまった!
「どうしたの、コマコちゃんっ?」
「みゅ、あぅ! みゃぁあ!」
「な、なんで、そんなこと言うんだよ? オレたちが、どれだけ心配したと……」
コマコちゃんの鳴き声を聞いて、樹ちゃんはがくぜんとしている。私には、コマコちゃんの言葉はわからないけど……
「コマコちゃんは、動物園に帰りたくないの?」
「みぃ……」
くるっと背を向けたコマコちゃんは、不安定な足取りで私たちから遠ざかる……。
ガラ。乾いた音を立てて、ガケがくずれた。
私の目の前で、コマコちゃんの立っていた場所が、暗闇に落ちていく……!
「ぜったい、助けるっ!」
手をのばし、コマコちゃんを抱きとめて……私の体は、空に投げだされた。
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