あの子は山の中

 コマコちゃん捜索が始まって、今日でちょうど一週間。これまで……成果はなし。


「ふぅ……」


 息をつく樹ちゃんの肩に、ぽんっと手を置く。


「樹ちゃん。大丈夫?」


「な、なにが? 全然大丈夫だって!」


 振り返って、樹ちゃんはにぱっと笑ってくれる。……見え見えの、強がりだ。


 この一週間、樹ちゃんはほぼ休みなく学園中を探しまわっている。


 心配させないため、わざと明るくふるまっているけれど、樹ちゃんはまちがいなくあせっている。


 今日でめぼしい場所は全部回りきるのに、目撃情報のひとつもない。


「いったい、どこにいるんだろう……?」


 そこで、ピコン! と音が鳴る。Sウォッチにメッセージが届いた。


「えっ!」


 宛先は、ミハル姉。内容は……『コマコの手がかり、発見』


 私と樹ちゃんが急いで動物園までもどると、すでにみんなが集まっていた。


「手がかりが見つかったって、本当?」


「は、はい。これを見つけました……」


 そう言ってりこさんが差しだしてきたのは、鈴のついた真っ赤なリボン。


 樹ちゃんが、あっと息を飲む。


「コマコがつけていたリボンだ!」


 コマコちゃんのトレードマークを手に、樹ちゃんは一歩前に出る。


「ねぇ、雲沢先輩! これ、どこにあったの?」


「え、えと、銀ヶ岳ぎんがだけです。穂村くんと私は今日、登山道を探していて……」


 銀ヶ岳は動物園の裏手にある小高い山。島一番の標高で、頂上付近は天体観測スポットとして有名だ。


「登山道を往復してきたけど、それらしい姿は見つからなかった」


 太陽が言うと、樹ちゃんはがっくりと肩を落とした。


「あと、探していない場所は……銀ヶ岳のおく?」


 私の言葉に、七星さんが険しい顔でうなずいた。


「しかし、銀ヶ岳の深部となると、これ以上の捜索は難しいですわ」


 どういうこと? と聞く前に、ミハル姉が教えてくれる。


「整備された登山道はともかく、山中には足場の悪い場所もある。岩場や崖もあるから、探しに行くのは……」


「じゃあ、コマコを見捨てろって言うのっ?」


 さけんだのは、樹ちゃん。肩をいからせて、息を荒げている。


「もう一週間以上、コマコは行方不明なんだ! もし山の中でケガでもしていたら、オレたちが助けないと!」


「生駒くん。厳しいことを言いますが……もう、わたくしたちにできることはありません」


 七星さんは、きっぱりと言った。


「装備もなく、専門知識のない者が山に入ることは危険すぎます。……りこ。捜索をしてくれる業者に連絡をしましょう。最短で手配をお願い」


「はい」


 そこから七星さんとりこさんは、テキパキと次の作戦を進めていく。七星さんだって、あきらめたわけじゃない。


「樹。あとは北斗さんたちに任せよう」


 恵くんがやわらかい声で、樹ちゃんをさとす。


「これ以上ムリをするのは、体に毒だ。いまは、しっかりと休んで……」


 しかし、樹ちゃんは恵くんの言葉をさえぎる。


「いくらでも、ムリはするよ。一秒でも早く、コマコに会いたいから……!」


 その言葉を置いて、樹ちゃんは外へ飛びだしていった。


「樹ちゃんっ!」


 行き先は、はっきりしている。樹ちゃんは、銀ヶ岳のおくに入るつもりだ!


 ……自然に、体動いていた。ドアに手をかける私を、七星さんが呼びとめる。


「待ちなさい、竹鳥さん! ぜったい、山奥に入ってはいけませんわ!」


「……ごめん、約束できない」


「いいえ、約束なさい! 理事長としての命令ですわ!」


 きっと、樹ちゃんも私もまちがっている。七星さんの言っていることが正しいって、頭ではわかっているんだ。


 でも、心はちがう。樹ちゃんの心は、コマコちゃんを見つけなきゃいけないとさけんでいる。


 そして私の心は、樹ちゃんを守らなきゃいけないとさけんでいる!


「……だったら、私は家族として! 樹ちゃんを追いかける!」


 ドアを開けはなって、私は一心不乱に駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る