つくねと樹

樹ちゃんの思い出

 商店街のベンチに座っていると、樹ちゃんの肩にスズメが止まる。チュチュ、チチチ……と、耳元で鳴き声を聞いた樹ちゃんは、顔を輝かせる。


「そっか、見ていてくれたんだ! ありがとう、すっごい助かるよ!」


 チュチュン! 最後に大きく鳴いて、スズメはぱたぱた飛んでいった。


「鳥たちも手伝ってくれるって! 空から見て、手がかりがあったら教えてくれるよ!」


「……本当なんだ。動物の言葉がわかるって」


 私が言うと、樹ちゃんはこくんとうなずいた。


「まっすぐ動物に向きあえば、鳴き声が言葉になって聞こえてくるんだ。昔からそうだったから、オレにとっては当たり前だけどさ」


 私は、じぃっと樹ちゃんを見つめる。『心が読める動物博士』という呼び方は、言葉どおりだったみたい。


 樹ちゃんにも、こんなに特別スペシャルな力があったなんて……知らなかった。


 私の視線を受ける樹ちゃんは、照れくさそうに頭をひっかく。


「オレ、昔は動物になりたかったんだ」


「……んん?」


 突然の告白にきょとんとする。その顔がおかしいみたいで、樹ちゃんは吹きだした。


「冗談だって思う? でも、本気だったよ。だって……昔のオレには人間の友達なんて、ひとりもいなかったから」


 ひとりも? いまの樹ちゃんは明るくて元気いっぱいの、マスコットっぽさ満載な男の子。友達がいなかったなんて、想像できない。


「オレは、昔から動物の声が聞こえていた。でも、まわりの人に言ったら……『そんなわけない』『ウソつきだ』って笑われて、信じてもらえなかった」


「そんな……」


「オレも『ひとりでいい』『友達なんかいらない』なんて意地をはっていたけど……そんなときにとなりに来てくれたのが、コマコだった」


 樹ちゃんは、私の作ったチラシに目を落とす。


「動物園に行くたびに横に寄ってくるんだ、コマコのやつ。『今日もひとりぼっちかい?』『まったく暗い男だね』なんて、ネチネチ言ってくるんだよ?」


「へぇ。コマコちゃんって、お節介焼きなんだね」


「そうなんだよ! こっちの気持ちも考えないでさ……」


 なんて悪態をつく樹ちゃんだけど、その顔はとても楽しそう。


 でも、ハッとした樹ちゃんは、首をぶんぶんと振る。


「ご、ごめん、つく姉ちゃん! こんなこと、ふつう信じられないよね……」


「え? 信じるに決まっているでしょ?」


 私が首をかしげると、樹ちゃんも同じ向きにこてんと首をかたむける。


「信じて、くれるの?」


「もちろん! 私、ネコに聞いてみたかったの! キャットフードってどんな味がするのかな?」


 今度教えてね! とお願いする私を、樹ちゃんはぽかんとした顔で見てくる。


「……やっぱり、つく姉ちゃんだったんだ……」


「ん?」


 私が一歩近づいて顔をのぞきこむと、樹ちゃんは顔を真っ赤にする。


「なんでもないっ!」


「えぇ〜。やっぱり私だった、ってなに? 気になる……」


「そんなこと、言ってないから!」


 真っ赤な顔でずんずん行ってしまう樹ちゃん。照れちゃって……。


「よっし! ネコやスズメに負けてられないね! コマコちゃん、見つけるぞぉ!」


「……うんっ!」


 私が言うと、樹ちゃんは同じだけの明るさで応えてくれる。もう、ひとりきりだった樹ちゃんはいない。


 昔、樹ちゃんをそばにいてくれたコマコちゃんを、今度は私たちが見つけなきゃ!

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