「動物博士」のおねがい

「つく姉ちゃん! 待ってたよ!」


 どしん! 飼育員室に入るやいなや、樹ちゃんが私につっこんできた! 肩までのびた髪の毛が私の腕をさす。


「つく姉ちゃん! いつもの、やって!」


「えぇ? 私、下手くそだよ? ミハル姉の方がいいんじゃ……」


「つく姉ちゃんがいいんだよ! お願い!」


 樹ちゃんはくるっと回って、私に背中を預けてくる。……しょうがないなぁ。


 私は、樹ちゃんの髪の毛を優しくまとめて、ヘアゴムでくくってあげる。毎朝せがんでくるから私も断れない……けど、やっぱりへにょっと右に曲がっちゃう。


「うぁあ、ごめん。また失敗だぁ……」


「失敗なんかじゃないって! ありがと、つく姉ちゃん!」


 樹ちゃんは、歯を見せて笑ってくれる。いい子め……。


「さて、S組のみなさん、おそろいですわね」


 七星さんが私たちを順番に見てから、話を始める。


「先ほどもお伝えしましたが、次の課題は銀ヶ島動物園の看板ネコを探しだすことですわ」


「看板ネコって……コマコちゃんのこと、だよね?」


 私は部屋にかざられた一枚の写真を見あげる。


 入場口の前で生物委員会のみんながならんだ写真の。はじっこ。ちょこんと一匹のネコが座っている。


 白黒のぶち模様、鈴のついた赤いリボンを巻いて、いつでもちょっぴり不機嫌そうなしかめっ面は、まるで神社の狛犬みたいなネコ。だから、コマコちゃん。


「えぇ。来園される方に人気の看板ネコですが……この一週間、姿を消しているのです」


 まず手を挙げたのは、恵くん。


「動物園の中はもう探したのかな? 広いだろうけど、敷地の中にいるんじゃ……」


「生物委員会のみなさんに連日探してもらっていますが、成果はなし。コマコは自由気ままにやってくるネコのようで、行動範囲は園の中にとどまりませんわ」


「だったら、フラッともどってくるんじゃないのか?」


 太陽の言葉に「だといいんだけど……」と、樹ちゃんは暗い顔をする。


「一週間も姿を現さないなんて、いままでなかったんだ。学園の敷地内は、場所によっては電車も車も通っている。万が一……」


 そこまで言って、樹ちゃんは口を閉じる。……そこから先、口に出すのは私もイヤだ。


「今日から、島全体を捜索していく予定ですわ。しかし、生物委員会のみなさんには動物の世話をしていただかなければいけません」


「加えて、脅迫状のせいでS組に協力する生徒はいない。……なかなか、骨が折れそうね」


 七星さん、りこさんを入れても、7人。この少人数で島中を回り、一匹のネコを探す……。


「オレはやるよ。ぜったい、コマコを見つける」


 私たちには目もくれず、樹ちゃんは外に出ようとする。


「待って、樹ちゃん! ひとりで行くつもり?


 私はドアの前に立つ。


「うん。委員会のみんなは仕事があるだろうし、つく姉ちゃんたちに朝から晩まで探して、なんて言えないよ」


 へへ、と、樹ちゃんは力なく笑う。


「行かせて、つく姉ちゃん。コマコが待っているんだ」


「……だめだよ。行かせない」


 私がきっぱりと言いきると、樹ちゃんの顔がぐにゃっとゆがむ。


「行かなきゃ。コマコをすぐにでも見つけないと……!」


「話は最後まで、聞きなさいっ!」


 私は、樹ちゃんの肩を両手でつかむ。


「朝から晩までの捜索、どんとこい! 樹ちゃんが必死なんだから、それくらい当然!」


「つく姉ちゃん……」


 まんまるの目が、じわ、とにじむ。樹ちゃん、ひょっとして泣きそう……?


「な、泣いてないっ! つく姉ちゃんの前では、泣かない!」


 樹ちゃんは、あわてて目をゴシゴシこする。……博士だなんて呼ばれていても、樹ちゃんはS組の中で一番年下。まだまだカワイイところがある。


「……つく姉ちゃん。みんな」


 深呼吸をしてから、樹ちゃんは私たちに向きなおる。


「おれといっしょに、コマコを探して」

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