恵士郎のヒミツ

才能、開花。

 痛みは、ない。植木鉢が割れる、イヤな音もしていない。


 かわりに聞こえるのは……ごうごうと吹きすさぶ風の音。


 おそるおそる目を開ける。見えてきたのは……竜巻が散らす花吹雪だった。


 風は植木鉢を巻きあげて、見えない場所まで吹きとばす。……まるで、私を守るみたいに。


「な、なに、これ? なにが起きているのっ?」


 声がかき消されるほどの強風に、私はただただ困惑する。


 空はいつの間にか、真っ黒の雲におおわれている。さっきまで快晴だったはずなのに、ざぁあ! と雨まで降ってくる。


 そして竜巻はさらに勢いを増して、バケツやシャベルまで風にさらっていく。


「危険です! 避難が最優先ですわ!」


 七星さんの声に、みんなは急いで花壇から逃げていく。


 しかし、私は動けない。


「竹鳥さんも、早く来なさい! 逃げますわよ!」


 行けないよ。だって、竜巻の中心に……恵くんがいるから!


 風の音の中、恵くんの声がはっきりと聞こえる。


「ぼくが、つくねを守る。つくねを傷つける人から、守る。……たとえ、なにを犠牲にしても」


 その言葉を境に、竜巻がふくれあがった。花壇だけではなく、校舎や校庭に届くほどに広がっていく。


 パリンッ! メシメシ……! ガラスが割れる音やフェンスが破れる音が、あちこちから聞こえる。


『つくね、聞こえるっ?』


 ぼうぜんと座りこんでいた私に、声が届く。でも、周りにはだれもいない。


 ……せっぱつまった声は、左腕から聞こえた。


「ミハル姉?」


 私はSウォッチを着けた手首に、耳を当てる。


『つくね、無事? どこか、ケガはしていない?』


「私はいいの! 恵くんの様子が、おかしい! いままでにないくらい怒っていて、それに、竜巻が……!」


『えぇ。旧校舎からも見えているわ。この災害級の竜巻の原因は……恵士郎よ』


 ミハルお姉ちゃんが、続ける。


『恵士郎は、天気を操る特別な力を持っているの!』


「……なにを、言っているの?」


 耳を疑った。いくらミハル姉でも、こんなときに冗談なんて……


『冗談なんかじゃないわ! 恵士郎には、気持ちと天気を同調リンクさせることができる力があるのよ!』


 ミハルお姉ちゃんの真剣な声に、私は思いだす。


 この前、急な雷雨がきたときも恵くんは、私が転ばされたことに怒っていた。そのあと、いつもの優しい恵くんにもどってくれると、雨がからりとあがった。


 あれは、偶然じゃない。恵くんの気持ちで、天気が変わっていたってことなんだ!


 いま、恵くんは竜巻の中心にいる。それじゃあ、恵くんがこの風を起こして……学園を飲みこもうとしている?


 私を、守るために?


『恵士郎はいま、力をコントロールができていない。怒りに任せてしまっているわ』


「そんな! ど、どうすれば……?」


『つくね。恵士郎の心を落ちつかせて。このままだと、学園がめちゃくちゃになる!』


 ……ザザ、ザッ。大雨と強風のせいで、ミハル姉の声が雑音にぬりつぶされる。


『つく……頼……よ! けいしろ……、を、救って!』


 最後の言葉だけはっきりと聞こえて……通話は切断される。


 恵くんに手が届くのは、竜巻の中にいる私だけ。


 私が、恵くんを助けなきゃ!

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