つくねと恵士郎

貴公子の怒り

 ……口の中が、土の味でいっぱい。ちょうど水をまいたばかりでぐしょぐしょにぬれている場所だったから、顔やジャージはべったりと土まみれになっている。


「竹鳥さん? 平気?」


 すぐにかけよってきたのは、井島さん。私に手を差しだしてくれるけど……口元が、にやっとゆがんでいる。


 もしかして、わざと……?


「転んじゃって、大変だね。作業はしなくていいから、着替えてきたら?」


 なんて、優しげな声で言っているけど……その目に、私を心配する気持ちなんかみじんもない。


 じゃまだから、さっさとどっか行ってよ。そんな気持ちが、にじみでている。


「……ねぇ」


「なぁに?」


 ガバッと起きあがって、私は井島さんに向かって言った。


「さっきの花、どこっ?」


「は?」


「転んだときに放りなげちゃったんだよ! きれいな花だったのに、なにかあったらどうしよう!」


 ぶるぶる! と首をふって、顔から土をはらう。辺りをきょろきょろ見ると……ジニアが土の上でコロンと寝ていた。


「あった! お、折れてないよね? 花びらも落ちていないかな……?」


 そっと持ちあげてみると、ジニアの花はしゃっきりと空に向かってのびたまま。


「よ、よかったぁ……!」


 ふぅ、と安心して笑っている私を見て、井島さんはぽかんとしている。


「おい」


 横から、低い声が飛んでくる。水の入ったジョウロを運んでいた太陽が、井島さんをにらみつけていた。


「な、なに?」


「おまえ、つくねをわざと転ばせただろ」


 冷たい声に、井島さんはビクッとふるえた。


「なんのこと? そんなわけないよ……」


「オレも見たよっ!」


 と、太陽のうしろから顔を出すのは、もどってきていた樹ちゃん。


「つく姉ちゃんが通るときに、わざわざ足を出してた! ねらって、転ばせたんでしょ!」


「はぁっ? S組だからって、そんなウソ言わないでよ……」


「S組の方だけではありません。わたくしも、見ましたわ」


 そう言ったのは……七星さん。私のそばに来て、刺繍の入ったハンカチを渡してくれる。


「周りのおふたりと、竹鳥さんが来るタイミングを見計らっていましたわよね? そして、足元が見えない竹鳥さんの進む場所に足を出した。ちがいますか?」


 七星さんは、井島さんとそのうしろのふたりにするどい視線を送る。彼女たちは言葉につまって、目を泳がせている。それだけで、わざと私を転ばせたってことがわかる。


「……え、えっとぉ、太陽に樹ちゃん、七星さんも、落ち着いて?」


 私は、井島さんをかばうように言う。


「土がやわらかくって、ケガもなし! 顔もジャージも、洗えばいいだけだよ」


 あはは! と、わざと笑ってみせる。私のことで、作業を止めちゃいけない。なんとか、この場を収めなきゃ……。


 ぴ、か……ど、どぉおんっ!


 空が光って、数秒後に轟音。その場の全員が固まった。


「え、え? か、カミナリ……?」


 みんなが困惑する中、小さな声が私たちに届いた。


「答えて」


 恵くんが、私たちに一歩近づく。その目はまっすぐ、井島さんをとらえている。


 髪が乱れて、それを気にするそぶりもない、恵くん。ぎゅう、と骨が浮きでるくらい強く拳をにぎっている。


「ねぇ。つくねを転ばせなければいけなかった理由でもあるの?」


「あ……雨寺先輩? そ、その……」


 ぐちゃぐちゃになる髪をおさえる井島さんは、土の上に座りこんでしまう。それくらいの迫力が、いまの恵くんにはある。


 あのおだやかな恵くんが、静かに、でも鬼のように……怒っている。


「早く、答えて。つくねを傷つけた理由って、なに?」


「あ、え……」


「答えて、よ」


 ……ポツ、ポツ。


 カミナリの次は、雨がふってくる。さっきまでかんかん照りだったはずなのに、空は分厚い雨雲におおわれていた。


 雨足はみるみるうちに強くなって、横なぐりの豪雨になる。周りの生徒は慌てて屋根のあるところへ避難する。


 でも、花は置き去りのまま……!


「りこ! 雨天用の防護柵を!」


 真っ先に動いたのは、七星さん。


 パチン! 指を鳴らすと、どこからともなく雨合羽姿のりこさんがやってくる。


 それから、りこさんはわずか1分足らずで、花を守る即席の柵を作りあげた。職人ワザ……。


「風と雨が止むまで、作業は中止ですわ! さぁ、早く校舎の中へ!」


 七星さんは、私に向けて叫んだ。


「う、うん! ……恵くん、行こ!」


 私は、まだ雨に打たれていた恵くんの手をにぎる。力任せに引っぱって、花壇を後にした。

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