花に囲まれる「芸術の貴公子」

 記念すべき最初のタスク(ミハル姉に聞いたら「仕事」とか「作業」とかって意味らしい。かっこいい!)は……『本校舎の花壇の植え替え』!


「ただの雑用かよ」


 太陽はあくびをしながら一番うしろを歩いている。そういうこと、言わない!


「今年は園芸部員が少なくって、猫の手も借りたいって言っていたわね」


 ミハル姉が言うと、私と並んで先頭を歩く樹ちゃんは顔をパッと明るくさせる。


「じゃあ、お手伝いしなきゃ! それに、花のことだったら……!」


 そう。私たちには強い味方がいる!


 本校舎に着くと、お目当ての人が手をふっていた。


「みんな。こっちだよ」


 恵くんが咲きほこる花の中に立っている。まるで花の方から恵くんによりそっているみたいな、幻想的な光景……。


 恵くんは、中学生ながらアーティストとして活躍している、芸術家さん。


 ひとたび作品を作れば、どんな人もとりこにしてしまうと評判だ。特にフラワーアートは大人気! パーティ会場や結婚式会場の飾りつけの予約が、数年先までいっぱいらしい。


「S組イチの美的センスの恵くんがいてくれたら、百人力だ!」


「言いすぎだよ、つくね」


 照れ笑いを浮かべる姿もはなやかで、まさしく貴公子だ。


 私は花を傷つけないように注意して、恵くんのとなりに立つ。


「恵くん。ここにあるお花を、全部花壇に植えるの? すごい量だけど……」


「この中から配置や配色を決めて、植えることになるかな。でも、こんなにたくさん用意してくれたのは……」


「私たち、生徒会です」


 耳元で声がした。ギョッとしてふりむくと、左手にビデオカメラを持った女の子が無表情で立っていた。


 ハーフアップの髪型がバッチリ似合う、お人形さんみたいな子だけど……背後に立たれるとびっくりする!


「だ、だれ?」


「中等部1年C組、雲沢くもさわりこ、です。生徒会副会長をしています」


 ひかえめな自己紹介に重なって、おじょうさま言葉が飛んでくる。


「りこはわたくしの幼馴染にして、頼れる右腕ですわ!」


 つづけて姿を現したのは、くるふわカールの金髪がまぶしい、七星さん。……なぜか、私たちと同じジャージ姿だ。


「お待ちしておりましたわ、S組のみなさん! さぁ、さっそく始めましょう!」


「……七星さんも、手伝ってくれるの?」


 私の質問に、七星さんは胸を張ってみせる。


「もちろんですわ。わたくしの第一の目的は、学園の問題を解決することなので!」


「それはとってもありがたいけど……えっと、りこさんはどうしてカメラを持っているの?」


 私がたずねる間も、りこさんは無表情のままカメラを回しつづけている。


「今回の学園投票のため、S組の活動を余すところなく記録して全校生徒に届ける、密着カメラマン。それがりこの役割です」


 ちなみに、と、七星さんは学園用スマホを引っぱりだす。

 

 画面に映っているのは……私っ?


「ただいま絶賛、生配信中ですわ!」


 もう流れているのっ? わかったとたん、ガチガチに緊張してしまう……。


 ただ、私に画面にいたのなんてほんの数秒。りこさんのカメラは、すぐさま恵くんに向けられた。


「雨寺先輩。集められる限りの花はそろえましたわ。この花壇をどのように飾るのか、あなたに一任します。学園の顔にふさわしい花壇をデザインしてください」


「ありがとう。でも、北斗さんと雲沢さんに手伝ってもらって、園芸部員と合わせても……完成まで、時間がかかりすぎるかな」


 恵くんは不安そうにあごに手を当てている。


 人手が足りないんだ。だったら、私が力にならないと!


「……おーい! みんなぁー!」


 私は、校舎の周りにいる生徒みんなに聞こえるように声を出す。


「手伝ってくれないかな? みんなで、花壇づくり!」


 人手が足りないなら、協力してもらおう! いっしょに花壇を作れたら、それだけ私たちのことも知ってもらえるし、一石二鳥!


 と、思っていたけど……みんな、ふいっと目をそらす。


「これから部活の準備あるし、パス」「うん、泥だらけになるのもイヤだもんね〜」「それに、S組のことなんてどうでもいいし」


 う、うまくいかない……。


 さらに、恵くんを見てひそひそと話している人たちがいる。


「男のくせに、花なんてなぁ?」「なよなよしている感じする……」


 恵くんのことを悪く言う言葉も、ちらほら聞こえてくる。そんなこと、ないのに……!


 ムッとする私の肩に手を置いたのは、恵くん。ひそひそと話していた生徒たちの方に、歩いていく。


「な、なんだよ……」


「花はぼくたちが生まれる前から、プレゼントの定番だよ。家族への感謝、お祝いの気持ち、そして、好きな人への告白……。男の子でも女の子でも、花は心を表してくれる」


 恵くんは手の中の花を差しだして、にっこり笑いかける。


「ぼくは、みんなの気持ちを花壇に残したい。時間があったら、手伝ってくれるとうれしいな」


 ……そう、この優しさが恵くんの1番の才能だ。


 恵くんが怒ったところなんて、見たことがない。だれにだって平等に優しく、おだやかさに包みこんでくれるから……周りの人たちは、すっかり毒気をぬかれてしまう。


 恵くんのおかげで、ひとり、またひとりと人が集まってくる。これなら、花壇づくりも順調にいくはず!


「よぉっし! がんばるぞー!」


「お、おー……かな?」


 私のかけ声に、恵くんはひかえめに腕をつきあげた。

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