第8話

 結局ぶっ通しでALIVEではないアイドルの映像を見せられた。ライブ映像に映るアイドルたちは可愛かった。アイドルだなぁって思った……。うん、興味が無さすぎて、並の感想しか出てこない。しょうがない。私にはALIVEしか……というか、さゆちゃんにしか興味がないんだから。

 今更他のアイドルのライブ映像を見せられたところで、どういう感想を抱けば良いのか。抱いて欲しかったのか。謎である。


 「はい、終わり」


 ぱんっと長谷川は手を叩き、音を鳴らす。


 「なにこれ」

 「最近オススメのアイドル」

 「ふぅん……」


 様子を伺う。なにか別の意図があるんじゃないかと。

 長谷川を見る。見て、裏を探る。でも見つからない。

 表側も裏側も描かれている色は一緒だった。


 「ほんとにそれだけ?」

 「だけど?」

 「マジ?」

 「マジ」


 本当に布教したかった。ただそれだけ。


 「じゃあ、帰る……」


 無駄な時間を過ごしてしまった。

 私はALIVE一筋。他のアイドルになんて興味を示さない。いや、見る前までは、浮気しちゃうんじゃないかって不安を抱えていたけど。実際見てみるとわかる。浮気なんてしないし、私にはできない。ALIVEで満足できちゃうから。お腹いっぱいだから。それなのに他のアイドルもなんて、満腹すぎて死ぬ。


 「ちょーっと待って」

 「なに?」

 「まだここからだから」

 「なにがここからなの」

 「とりあえず座って。ね? ね? ね?」


 手首を掴まれて、懇願される。

 さっきも同じようなことをされた。なのに私はまぁ待ってあげようかって思ってしまっている。我ながらチョロいなって苦笑してしまう。

 実際につま先はもう椅子の方向へと向いている。


 「しょうがないなぁ」


 と、言いながら椅子へと向かい、座る。

 あれだけ懇願されたら無下にはできない。


 「もう一回映像流すからね」

 「えー、んー、同じのはさすがに面白くない」


 ALIVEのライブ映像であるのならば、何周でもできる。MCの一言一句を覚えるくらいに周回したって苦痛には思わない。でも知らないアイドルのライブ映像は違う。こんなの初見でさえ苦痛なのに、二周目とかそれはもう地獄そのものである。


 「たしかにそうかもだけど」


 長谷川は否定してこなかった。

 困ったように笑いながら軽く肯定する。予想していなかった反応で素直に驚く。ああでもないこうでもないと反論してくる姿を想像していたから尚更。


 「だから帰りたい。帰らせて……」

 「きっとさ、ALIVEにも役立つところがあると思うんだよ」

 「ALIVEにも、役立つ、ところ?」

 「そう。他のアイドルを見ることによって、ALIVEにも取り入れられるような要素って絶対にあるから。ね? 勉強だと思って。見てみようよ!」


 あまりにも必死だった。

 商談に失敗しそうな営業マンとかこんな感じなのかなぁと思う。


 「私ALIVEのプロデューサーじゃないけど」


 とりあえずなんか長谷川に勘違いされているのかもしれないと思って、指摘する。

 仮に彼女の言うとおり、役に立つことがあったとして、私にそれをどうにかする権限なんてない。

 だから長谷川の理論は通用しない。見る理由には絶対になり得ない。

 もっとも必死さがすごいので、そこまで言うのならしょうがないなという気持ちにはなるけど。


 「知ってるよ?」


 長谷川はきょとんとする。

 首を傾げてこっちを見てくる。

 なにを言っているんだ、とでも言いたげだった。


 「じゃあ、なんで……」

 「さゆちゃんと仲良いんだから、直接言えば良いじゃん。さゆちゃんはプロデューサーの意向しか汲み取らないわけじゃないでしょ。むしろ、ALIVEって成り立ちとか考えたら、プロデューサーの意見なんてあんまり聞いてなさそうだし」

 「……失礼な」


 と、言いつつも、否定はできなかった。


 「ってことだから。二周目行ってみよう」

 「うん……」


 テンション感に差がありすぎるが、長谷川は気にしない。

 根は真面目で、メンタルは化け物みたいに強い。最強じゃねぇーか!





 さっき見た映像が流れている。

 登場シーンから、観客の歓声。知ってる、知ってる、さっき見たよ、これも見たよ、という反応しかできない。

 つまらん。心底つまらん。長谷川には申し訳ないなって思うけど、でも本当につまらない。

 つまらないけど、私ってALIVEのこととんでもなく好きだったんだなと認識させられるので、それだけは長谷川に感謝だ。

 あとは時間返せよ、という気持ちしかない。そっちの方が大きい。


 文句を心の中で垂れ流していると、ピッと映像をストップさせた。

 なんだなんだと長谷川を見る。


 「今の見てた? これ」


 と、言われてモニターを見る。

 メンバー同士が手のひらと手のひらを合わせて指を絡めている映像が私の視界に飛び込んできたのだった。

 ただハイタッチしている、ってだけにしてはねっとりしている。


 「えっちかも」

 「えっちではないでしょ」


 つぶやいた言葉に長谷川はすかさずツッコミを入れた。

 えっちだと思ったんだけどなぁ。それは私だけだったらしい。


 「でもこれもアイドルのひとつの形だよ」


 長谷川はそう言って、映像を再開させる。

 指を絡めさせ、そのまま抱き寄せるように身体を寄せて、どうなるんだってところで、カメラワークがかわって違うメンバーが映し出された。

 さっきまではぼーっと見ていただけだったので気が付かなかったが、こうやって意識させられると興味が湧く。嫌でも湧く。


 「これが百合営業ってやつだよ」


 いや、別に百合営業くらいは知ってる。

 何年アイドルオタクやってると思ってるんだ。


 「ALIVEってあまりしてないでしょ。百合営業」

 「あまり……う、うん」


 考えてみると、たしかにしていない。

 細かく見れば、しているのかもしれないけど、派手にやっているかと言われるとないと断言できる。

 少なくともカップリングと呼ばれるようなものはない。私が知る範囲ではない。私の知らないところでそういうのがあるのかもしれないけど、それは知ったこっちゃない。


 「百合営業したらALIVEの新規顧客開拓に繋がると思うんだよねー、って、ほらほら、ちょっと見てこれこれ。ちょー可愛いでしょ。このメンバーの中で一番音楽センスもあるんだよ」


 金髪をゆらゆら揺らしながら、モニターを指さす。

 私の隣には超オタクの顔をした、ギャルがいた。

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