第3話
ドカドカバタバタガッターンと騒がしくなった。
私と星空未来は揃いも揃ってなんだなんだと音の鳴る方へ目線を向ける。その音は静まらない。静かになるという概念が存在しないんじゃないかってくらいずっとうるさい。
「……」
音のする方の扉は勢い良く開く。
勢い良すぎて扉が壊れてしまうんじゃないかってほどの激しさがあった。
反動でゆっくりと動く扉の向こう側に立っているのはさゆちゃんだった。彼女は膝に手をついて、はぁはぁと息を乱している。
なんで、どうして、なにこれ、と疑問は山のように出てくる。
疑問の中にたしかなことがある。それはさゆちゃんは慌ててやってきたということだった。腐ってもさゆちゃんはアイドルだ。ライブで歌って踊るアイドル。完璧なアイドルとは程遠くて、綻びだらけだけど。それでもアイドルはアイドル。それなりに練習しているはずだし、体力だって他の人と比べれば、二倍、三倍あるはず。そんな彼女が息を切らす。相当慌てているのだろうという思考に達するのは容易であった。
「はぁはぁ、ちょっと、ちょっと……ちょっと待ったーっ!」
プロポーズに割って入ってくる主人公みたいなセリフ。必死の表情も相俟って、正直面白いと思ってしまった。
ただガハハと笑えるような雰囲気ではない。
なので唇を噛んで、俯き、笑いを堪える。多分今の私はぷるぷる震えている。バレるな、バレるなって祈る。
しばらくするとさゆちゃんはまた口を開く。
「なんで河合さん、みぃちゃんと一緒にいるの? おかしいよ。おかしいよね」
「おかしいって言われても……」
「ねぇ?」
私と星空未来は顔を見合わせる。
「おかしいでしょ。おかしいよ。絶対におかしいから」
癇癪を起こした子供のようにワーワー同じことを喚く。うるさいな、わかってるよって鬱陶しくなってくる。
「さゆちゃんを家に戻す手っ取り早い方法ってどう考えてもさ、星空未来を動かすことだと思うわけよ」
「でも河合さん、私が家に泊まっても良いって」
「うーん、言ったねぇ。それは言ったよ」
こくこくと首肯した。
それは紛うことなき事実だから。
「でも泊まって良いって言っただけで、別に嫌じゃないとも言ってないんだよね」
「性格悪っ……人狼ゲームじゃん」
ぼそっと星空未来は私にトゲのある言葉を投げてきた。反論したい気持ちはあるが、多分ここで触れたら話が停滞するので、グッと堪える。
偉い。うん、私大人だから。我慢できる大人だから。
「じゃあ河合さんは私が家に泊まるの嫌ってこと?」
あざとくこてんと首を傾げる。
「私のこと推してるのに? ファンなのに?」
さらに詰めてきた。
ここまでグイグイ来るとは思っていなかったのでちょっとだけ驚く。もっとも顔には出さないけど。
「前も同じような会話した気がするけど、それはそれ、これはこれだからね」
「……」
「まぁ、はっきり言ったら嫌だよ。てか、推しと一緒に泊まるとか嫌でしょ。普通に考えて」
「なんで?」
「心休まらないし。襲っちゃうかもしれないし」
「襲っても良いよ。私は」
「はぁ……あのね。私が嫌なの? わかる? 私が! 嫌なの!」
推しは推しであり、推しであり続けて欲しいと願う。こうやって肌と肌が簡単に触れ合うような関係でさえ、私は結構許容ラインギリギリだったりするのに、そういう……のはちょっとありえない。
「とにかく。さっさと仲直りして、さっさと元の形に戻って」
さゆちゃんに向けて言っているが、遠回しに星空未来へも告げる。
耳の痛そうな表情を浮かべている。
特にさゆちゃんは謀ったなみたいな目をしていた。いや、別に謀ってないし。勝手にそっちがここに押しかけてきたんじゃん。正直、ここに来るのは想定外だったよ。
「二人が仲直りするのなら、喧嘩の仲裁くらいはしてあげるから」
ただ頭ごなしに仲直りしろと言ったって、それはまぁ難しい。仲直りしろと言って仲直りできるのならば、多分とっくにしているから。私をおちょくっているとかじゃない限りね。
「でもみぃちゃんがなんで喧嘩したのかをしっかり本当のこと教えてくれない限り許さないから」
「逆になんでそんなに知りたいわけ?」
「だって、なんで喧嘩したのかを知らなきゃ力にもなれないでしょ」
なるほど、と納得できた。
首が取れそうになるほど共感できてしまう。
私が今直面していること。本気で思っていること。それをさゆちゃん自身が口にしてくれたのだ。
「それにずっとこうってわけにもいかないじゃん。今は良いけど、いずれかしっかりと向き合わないといけない。逃げ続けてどうにかなるわけじゃないし。私たちは所詮地下アイドル。それだけで食べていけるほど稼げてない」
「……」
「結局誰かの脛を齧って生きてかなきゃならない。今は貯蓄あるかもしれないけど、そのうち無くなる。そしたらまた親を頼らなきゃならない。私のためでもあるけど、それがみぃちゃんのためでもあるから」
真剣な眼差しを向けながらそう言う彼女を見て、地下アイドルって大変なんだなぁという他人事のような感情を抱いた。
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